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【対談】三浦哲哉・蘆田裕史「データとアナロジックな想像力:ファッションと料理をめぐって」

ファッション研究者、京都精華大学デザイン学部准教授・蘆田裕史氏とお送りする特集企画「言葉とイメージ:ファッションをめぐるデータ」。今回は、映画批評家、青山学院大学准教授の三浦哲哉氏をお迎えし、対談を行いました。
『食べたくなる本』で料理本や料理エッセイをめぐる批評が話題となり、『LAフード・ダイアリー』では食生活エッセイも執筆している三浦氏。料理とファッション、ともに感覚をに基づく領域で批評に取り組む両氏が交わした、感覚を表現する言葉とデータの関係性から生活とサステナビリティまで、多岐にわたる対話をお届けします。
PROFILE|プロフィール
三浦哲哉

1976年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。青山学院大学文学部比較芸術学科教授。専門は映画研究。食についての執筆も行う。著書に『LAフード・ダイアリー』(講談社、2021年)、『食べたくなる本』(みすず書房、2019年)、『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店、2018年)、『映画とは何か──フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)、『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)。

PROFILE|プロフィール
蘆田裕史

1978年生。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。京都服飾文化研究財団アソシエイト・キュレーターなどを経て、現在、京都精華大学デザイン学部准教授/副学長。専門はファッション論。著書に『言葉と衣服』(アダチプレス、2021年)。訳書にアニェス・ロカモラ&アネケ・スメリク編『ファッションと哲学』(監訳、フィルムアート社、2018年)などがある。ファッションの批評誌『vanitas』(アダチプレス)編集委員、本と服の店「コトバトフク」の運営メンバーも務める。

感性を形成する習慣

料理を参照項に、ファッションを論じる

蘆田僕の問題意識として、ファッション(デザイン)の批評が成立していないということがあります。受け手(服を買う人・着る人)のことを考えると、多くの場合「かわいい/かわいくない」、「かっこいい/ダサい」という基準で服を買ったり着たりします。
料理も同じように、「おいしい/まずい」というのが最も大きな判断基準としてあって、それも同じく感覚的なものですよね。そこがファッションと食が似ているところであり、映画や美術とは異なるところじゃないかと思っています。一方で、ファッションと食とでは違う部分もあって、料理はきわめてロジカルに作られますよね。
三浦たとえばパン作りなどもそうですが、料理には化学の実験みたいな側面もあって、論理的に作らないと失敗することもあります。
蘆田ファッションだと、「なんでここにファスナーがついているんですか?」と尋ねても、「その方がかっこいいから」とだけ言われたりすることがあります。でも、「ぶり大根を作るときに大根を米のとぎ汁で煮るのはなぜですか?」と聞かれた料理人が、「いや、よくわかんないけどその方がおいしい気がします」と言っていたら、その料理人に対する信頼感はあまり高くならないですよね。
僕は料理のことはまったく詳しくないのですが、料理人はかなりロジカルに考えているんじゃないかと想像しています。なので、食をひとつの参照項として考えると、これまで比較されることの多かった美術やデザインとは異なるアプローチでファッションについて考えることができるのではないか、と。
三浦なるほど、おいしいとかまずいという直感的な判断と、とりわけ制作にかかわる論理的な判断がどういう関係にあるかということですね。僕は料理の本が好きで、「料理本批評」を試みた『食べたくなる本』を書いているんですが、この関係について振り返ってみると、とても複雑だし、検討に値いする興味深いゾーンを成していると思います。直感と論理やデータの関係について、衣服の場合と比較してみると、たしかに何か浮かび上がるものもあるかもしれませんね。いくつか具体例を取り上げながら考えてみたいと思います。
最初に取り上げたいのは樋口直哉さんの料理書です。『新しい料理の教科書』が大変評判で、僕もすごく面白いなと思いながら読みました。樋口さんは小説も書いている方で、料理をどう記述するかという方法論的な意識も極めて高い。基本的に最近の書き物においては、データを重視し、曖昧さを排した客観的な記述をどこまで徹底できるか、ということを試しておられるように思います。
ここ数十年ぐらい調理科学はとても注目を浴びるようになっていて、例の「分子調理」を打ち出したエル・ブリ以来、一部の高級レストランでも盛んに応用されるようになりました。樋口さんは調理科学の調査に余念がなく、『新しい料理の教科書』では、その最新の知見に基づいて、日本の家庭の定番料理をぜんぶきっちり見直すということをしています。それまで常識とされていた卵焼きの作り方とか、肉の焼き方、そういうものがいかに改良の余地があるものだったかを指摘する本になっているんですね。もっと合理的な手順があるじゃないかと。とても痛快で、自分も読んでいて、勘違いばっかりしていたな、と気付かされました。
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#Sustainability
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