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2022.08.31

美容整形は「ファッション」になりつつある(谷本奈穂)

現代の日本で「美容整形」はどれだけ行われているのだろうか。2018年に日本美容外科学会(JSAPS)が、同名の日本美容外科学会(JSAS)、日本美容皮膚科学会と協力して発表したデータによると、2017年には約200万件の施術数が確認されたという。
かつて美容整形の話題はタブー視される風潮もあったが、マスメディアで取り上げられる機会も増え、近年ではネット上でインフルエンサーが施術報告を行うなど、年々広がりを見せている。
美容整形に対する社会の認識はどのように変化し、またそれを望む人々の背景には何があるのだろうか。そして、美やファッションを取り巻く価値観はどのように変容し、そこにはどんな課題があるのだろうか。
今回、美容整形に関する先駆的な研究者として知られる、関西大学の谷本奈穂教授に話を聞いた。
PROFILE|プロフィール
谷本奈穂(たにもと なほ)
谷本奈穂(たにもと なほ)

関西大学総合情報学部教授。1970年生まれ。
大阪大学人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。専門は文化社会学。
著書に『美容整形というコミュニケーション――社会規範と自己満足を超えて』(花伝社、2018)、『美容整形と化粧の社会学――プラスティックな身体』(新曜社、2008)、『恋愛の社会学――「遊び」とロマンティック・ラブの変容』(青弓社、2008)。
共編著に『身体化するメディア/メディア化する身体』(風塵社、2018)、『メディア文化を社会学する』(世界思想社、2009)、『博覧の世紀――消費/ナショナリティ/メディア』(梓出版社、2009年)など。

美容整形をする“動機”

はじめに、これまでの美容整形に対する社会的な認識は、どのようなものだったのでしょうか。
私が研究を始めた2003年当時から現在に至るまで、美容整形に関しては大きく「モテたい仮説」と「劣等感仮説」の2つが広く信じられてきました。
「モテたい仮説」は「モテたいから美容整形をするのではないか」という、私たちが一般的に持っている信念から生じている考え方です。これは実際に、社会心理学の対人魅力に関する研究により「外見がいい人は社会的に有利である」ということが裏付けられています。特に、男性より女性の方が外見的魅力の重要性が高いこともわかっています。
「劣等感仮説」は「容姿にコンプレックスがあるから美容整形するのではないか」という考え方で、こちらも根強くあります。美容整形と劣等感という言葉の関わりで言うと、20世紀初めのアメリカの外科医らが、心理学用語である「劣等感」を、美容整形の問題に利用したことが由来です。
こうした研究などを踏まえて、「モテたい仮説」も「劣等感仮説」も間違っているとは言えないと思ったのですが、それだけでは美容整形に対する社会的な関心の高まりを分析できないと考えました。そこで、社会学の先行研究もほとんどなかったことから、主に女性の美容整形について研究を始めました。
美容整形を希望する人たちを調査したところ、「異性にモテたい」とか「劣等感を克服したい」といった動機よりも、「自己満足のため」または「理想の自分に近づきたいから」という動機が非常に多いことがわかりました。
この研究成果については、今でも男性や私と同年代くらいの女性からは驚かれることもありますが、若い世代は「そうだよね」という反応になってきていて、約20年で常識になりつつあるのかなと思っています。
その後、この「自己満足」の中身がどうなっているのか検討したところ、美容整形を希望する人たちは、純粋な「自己満足」が主流であるものの、「同性・異性に評価されたい」「若く見られたい」などの「他者の評価」も組み込まれた二重性が特徴であることがわかりました。そのため、「容姿に自信がある人の方が美容整形を希望する」こともわかっています。
以上の研究などから、これまで信じられてきた美容整形の契機としての「モテたい仮説」と「劣等感仮説」は、動機としては一部に過ぎないことが明らかになりました。
2018年に出版された『美容整形というコミュニケーション』では、美容整形をする契機として「他者とのコミュニケーション」を強調されていますね。
これまでの先行研究における美容整形をする動機としては、「モテたい仮説」や「劣等感仮説」とも繋がりますが、異性や社会から美しくなければならないと圧力を受けているという「社会的な強制力」か、反対に自分の意思で自らのアイデンティティを作り替えようとする「個人の内面」によるものか、このいずれかであると考えられてきました。
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