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化粧研究者 平松隆円が語る「これまでの化粧/これからの化粧」

化粧をするとは、どういうことか。最近では女性だけでなく男性の美意識も高まり、雑誌ではメンズコスメの特集が組まれるほどだ。だが、一昔前だったら、男性が化粧をするなんて、という考えが一般的だった。ところが、さらに歴史を遡ってみると、じつは男性も女性と同じように化粧をしていたというではないか。
一言で化粧はこういうものだ、と伝えるのは難しそうだ。そこで今回、化粧研究で博士号を取得した化粧研究者の平松隆円さんに「これまでの化粧/これからの化粧」というテーマで取材をおこなった。本記事を読んだ後は、あらためて化粧をする意味を考え直すことだろう。
PROFILE|プロフィール
平松 隆円(ひらまつ りゅうえん)
平松 隆円(ひらまつ りゅうえん)

化粧心理学者/国際ファッション専門職大学講師
1980年、滋賀県生まれ。2008年、世界でも類を見ない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。国際日本文化研究センターの機関研究員(講師)、京都大学の中核機関研究員、タイ国立チュラロンコーン大学と同大学院の専任講師、タイ国立スアンスナンタ・ラチャパット大学の専任講師、東亜大学と同大学院の准教授などを経て現職。京都教育大学などでも非常勤講師を務め、大手電機メーカーや化粧品メーカーなどでコンサルティングもおこなっている。専門は、化粧心理学や化粧文化論など。「所さんの目がテン!」 (日本テレビ)、「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ)、「Japanology Plus」(NHK WORLD)などメディア出演も多数。主著に『化粧にみる日本文化 だれのためによそおうのか』(水曜社)、『黒髪と美の歴史』(KADOKAWA)など。

化粧研究との出合い

どのような経緯から化粧研究を始められたのですか。
私の出身である関西はファッションが盛んだったこともあり、子どもの頃から服に興味がありました。中学1年生になると『メンズノンノ』を読みはじめ、高校生のときにはファッションデザイナーのコシノヒロコさんが携われた「大阪コレクション」というファッションショーも見に行くようになりました。
大学は教育学部でしたが、単位互換制度を利用して芸術系の他大学でファッションに関する授業を履修していました。本格的な研究を始めたのは大学院に入ってからです。ちょうど渋谷に「ギャル男」が出現しはじめ、興味をもちました。そして、「なぜ彼らは化粧をするのか」を疑問に思い調べてみると、化粧の研究をしている人がいないことに気づいたのです。
製品としての「化粧」の研究(化学)はもちろんありますが、化粧が社会的にどんな意味をもつのか、どんな心理が働いているのか、といった点で研究する人はほとんどいませんでした。誰もやっていないなら自分がやるしかないと、化粧の研究をしようと決めました。
化粧と魅力に関するレクチャー風景
化粧と魅力に関するレクチャー風景
なぜ化粧の研究は盛んではなかったのでしょうか。
いくつか理由が考えられますが、ひとつは化粧を施す部分が「顔」だからです。言ってしまえば、「美醜」をテーマに研究しているので、研究者自身が社会的な批判を受ける可能性があります。美人について研究していると思われてしまうわけですね。
現代では一般的に「化粧は大人の女性だけがするものだ」と考えられています。大人の女性だけがするものを研究しても、得られる結果は限定的なものだから意味がないと思われていました。さらに、化粧は一過性のファッションに通じるものがあり、無駄で不要なものとも考えられています。
もちろん、実際は違います。化粧品メーカーさんなどは、研究の意義をわかっているので、私が学会発表をするのをありがたいと言ってくれます。
ご専門は化粧心理学・化粧文化論とされていますが、どのような研究でしょうか。
化粧は抽象的なものではなく、具体的な社会的・文化的現象のひとつです。また、社会や文化、心理のあらゆるものと関連している行動形式や価値基準にもとづく習慣でもあります。
人間の個人的性格と社会的生活は、表情や魅力に関係しますが、それらを強調し、意図的に操作をおこなう化粧は、その社会や文化がつくりだすひとつの結果であり、投影図でもあります。
そのため、人の心理(性格)という「構造」的な研究と社会や文化(政治や経済、国際関係、社会インフラ)という「動態」的な研究の2つを軸にしています。心理と社会や文化というとまったく異なる学問のように思うかもしれませんが、社会の有り様をあきらかにするという意味では同じなんです。
ギャル男の研究では、自分と似ている人に対して好意を抱くという心理学でいうところの「類似性―好意効果」をあきらかにしました。ほかにも、朝と夕方でスキンケアから受ける心理的な影響が違うこと、男女を問わずネイル(マニキュア)をすることがストレス解消に効果があることもわかりました。
当時の京都大学の院生さんと一緒に妊婦を対象に研究したところ、ネイルが妊娠のストレス解消にも効果があることがわかり、全国ニュースだけではなく中国の新華社通信が中国国内向けに報道するなど、かなり大きな反響がありました。

化粧は万人にひらかれた整え

「化粧」は、どのような行動や振る舞いを指す言葉なのでしょうか。
化粧は、化粧品を使っておこなう行動です。私たちは「化粧品ってなに」と聞かれたら、ファンデーションやマスカラ、口紅などと答えるでしょう。ですが、それだけではありません。
日本には、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」というものがあります。この法律では、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、または皮膚もしくは毛髪を健やかに保つことを目的に使用するものが化粧品とされています。つまり法律上、化粧とは外見を変えたり、美しく飾ったりすることだけではなく、清潔にすることも含まれているのです。なので、朝起きて顔を洗うこと、寝ぐせの髪を整えること、歯を磨くことだって立派な化粧です。そう考えると、化粧とは必ずしも大人の女性だけではなく、老若男女を問わず外見を飾ったり、身だしなみを整えるものだとわかります。
「化けて粧う」という漢字は、その昔「けわい」と言われていたものに当てはめたものです。「けわい」とは、気配のこと。化粧をする人の外見にあらわれない本質を、それとなく表現する手段を意味します。ほかにも、「おつくり」「みじまい」などとも言われていました。
また、化粧を英語でメイクアップと言いますが、もともとは補うという意味です。本当は優しい性格なのに、それが見た目で相手に伝わらないことがあります。ときには、顔が強面なせいで乱暴な人だと誤解されることもあります。そのため、内面どおりに優しい人間だと思ってもらえるように、自分の外見にたりない優しい印象を化粧で補うわけです。
化粧をするとき、私たちは「なりたい自分 / 他人から見られたい自分」をイメージして、それを表現しようとしているのです。
化粧に対する考え方は、どのような変遷を辿ったのでしょうか。
化粧の意味や目的で時代区分を試みると、基層化粧時代、伝統化粧時代、そしてモダン化粧時代という3つに分けられます。
基層化粧時代は、魔除けなどの呪術的な意味や信仰的な意味、敵や味方を見分けるための所属集団の象徴として化粧がおこなわれていました。お歯黒は虫歯予防のために呪術的におこなわれていましたし、イレズミは所属集団の象徴と同時に魔除けの意味がありました。化粧がおこなわれる地域や社会に関係なく、世界的に共通する部分が多いのが特徴です。
伝統化粧時代は、誰のために粧うのかがとても意識された時代です。化粧は支配層と被支配層の関係でおこなわれたとも言えます。男性の場合、天皇を威圧しないようにヒゲを剃ることなども決められていたくらいです。それに対して、女性の化粧は男性との関係、特に家長や夫への従属のなかでおこなわれました。気候風土や政治経済、社会や文化との関わりのなかで、好ましく思う美的志向が化粧に反映していることも特徴です。
平安時代は貴族の穏和で、豊満で、悠長な嗜好を反映した化粧でしたが、平安末期に新しい支配層である武士が台頭し、男性の化粧は戦を生業とする者が志向する戦闘的な勇猛で、豪気で、威武なものとなりました。伝統化粧は特定の社会や文化において、共通した化粧行動や化粧意識が存在していることに特徴があります。
モダン化粧時代は、もちろん社会や文化の影響を受けますが、化粧品や化粧法が進化し、誰かのためではなく自分のためという「自己表現」の手段として化粧がおこなわれ、今に続きます。モダン化粧は、今の私たちの化粧と同じものだと思ってください。
タイでのゼミ合宿での化粧品市場調査の様子
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