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2022.07.31

二分化する日本のイレズミ・タトゥー観――私たちに求められるのは歴史と文化の理解(山本芳美)

イレズミ・タトゥーと聞いて、どのようなイメージを浮かべるだろうか。最近では五輪やインバウンドの需要から、温泉や銭湯での「タトゥーお断り」問題などが浮上したことは記憶に新しい。
現在、イレズミ・タトゥーに対してあまり良い印象を持たない日本人が多いことは容易に想像がつく。その一方で、若者を中心に、ファッション感覚でイレズミ・タトゥーを入れる風潮も広まりを見せている。
これほどまでに意見がはっきりと分かれる文化は、他にないだろう。私たちが持つイレズミ・タトゥー観はどのように形成され、なぜこれほどまでに価値観が異なるものとして受容されてきたのだろうか。今回、イレズミ研究を専門にしている都留文科大学の山本芳美教授に、歴史的な背景と受容のあり方について、お話を伺った。
PROFILE|プロフィール
山本芳美(やまもと・よしみ)
山本芳美(やまもと・よしみ)

1968年生まれ。都留文科大学教授、文化人類学者
化粧文化研究者ネットワーク世話人、台湾原住民族との交流会相談役
主な著作『イレズミの世界』(河出書房新社、2005年)、『イレズミと日本人』(平凡社、2016年)、『靴づくりの文化史』(稲川實との共著・現代書館・2011年)、最新の共編著は『身体を彫る、世界を印す イレズミ・タトゥーの人類学』(春風社、2022年)。

山本さんのこれまでのご研究の概要を教えてください。
大学生の頃から、からだを文化的に変える「身体変工」に興味がありました。卒論から博論にかけて、イレズミやタトゥーの歴史を研究してきましたが、基本的には植民地支配や移民研究の角度からの歴史人類学的な研究であると考えています。
修士課程では、沖縄本島以南のイレズミ調査をおこないました。沖縄の女性には手にイレズミを入れる習慣があったのですが、本土の価値観が沖縄に持ち込まれたことで、少しずつ社会が変化していきます。その力学や過程がどのようなものであり、文化的な影響はどれほどのものだったのかを調査して、修士論文ほか数本の論文を執筆しました。その後、台湾原住民族1の調査や東京の鳶の人々からお話をうかがって博論にまとめました。
その後はご縁があって、日本で19世紀半ばよりはじまった靴づくりに関する調査を挟み、19世紀後半から増加した国外で活動した日本人彫師、横浜で外国人を相手にイレズミを彫っていた「彫千代」の研究を行いました。これらの成果の一部は、共編著『身体を彫る、世界を印す――イレズミ・タトゥーの人類学』(春風社)に盛り込んだところです。
歴史的に、イレズミはどのようなものとして受容されてきたのでしょうか。
基本的には「美」です。人間独特の装飾ですね。動物の本能的な求愛行動としても「装い」は、あります。一部の鳥は求愛行動のため、他の鳥の羽を身に纏うことがあります。しかし、からだに社会的な意味を彫り込むのは人間だけがすることです。
そして、成人や結婚の資格に関わる通過儀礼の意味合いがあります。自分の地位を示したり、世界観を表すものとしてイレズミが彫られました。たとえば、宮古島ではあの世に行くための印として手首内側に点を1つ彫りました。これはウマレバンといいますが、他界にいるご先祖が確認するというのです。親しい人が亡くなると髪を切ったり、顔を黒く塗って哀しみを表すこともあり、ハワイでは舌先にイレズミをしたといいます。哀悼傷身と呼ばれます。刑罰として彫られることもありました。
イレズミが慣習となっている社会では、なくてはならないものでした。社会に生きる人間のある状態や段階をからだに反映させる行為としてイレズミがあった、と理解していただければと思います。
これまでのイレズミ研究と山本さんのスタンスの違いは、どのようなものでしょうか。
戦前ですと、日本国内ではイレズミは研究といっても、趣味人による風俗学的なものでした。国外を中心に人類学的な調査が多くなされました。それは、近代日本の版図に入った少数民族に対して各種調査がされたのです。たとえば、台湾の各民族はどのようなイレズミを彫り、除毛や火傷、抜歯などでいかに加工をほどこしていたのかについての報告があります。
1970年代あたりまでの研究は、日本人の系統論や古代世界にさかのぼっていく想像力とロマンに彩られたものでした。この傾向は今でも見られますけど、私は関心ありません。私自身は近代日本の歴史や社会を踏まえながら、2つの視点を行き来するような研究を行ってきました。1つの研究の視座は、人類学的な研究です。わかりやすくいうと、日本、特に沖縄、そして台湾におけるイレズミと社会の関係の変化をおよそ150年の幅で定点観測しています。もう1つは、国内で愛好者が彫って来たイレズミの歴史です。
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