

Articles
流行を追わない理由 臥龍醸造のクラフトビール
愛媛県大洲市にある臥龍醸造は、流行や派手さよりも「基本」を何より大切にするクラフトビール醸造所だ。温度管理、原料管理、レシピ設計。その一つひとつを丁寧に積み重ねた結果、国内外の品評会で高い評価を受けてきた。日本で開催される世界5大ビール品評会のひとつ「インターナショナルビアカップ」において、醸造2年目となる2023年から3年連続で2種ダブル受賞を達成。計6種のビールがビアスタイル金賞を受賞している。地方の小規模ブルワリーとしては異例の実績といえるだろう。
その背景には、どのような醸造哲学があるのだろうか。現場で語られたのは、意外なほど地道で、現実的なビール造りの話だった。
PROFILE
窪田 澪(くぼた りょう)
臥龍醸造GARYU BREWING 醸造担当
大学卒業後、Uターン。飲食店経験を経て臥龍醸造の醸造担当に。クラフトビール業界のレジェンドの一人、両国麦酒倶楽部POPYEの亡き青木辰男氏に師事。青木氏が立ち上げた両国麦酒研究所にて醸造修行後、臥龍醸造GARYU BREWINGの開業とともに醸造担当に。
良いビールは設計で決まる
臥龍醸造では、新しいビールを仕込む際、感覚的なひらめきから事を進めることは少ない。まず考えるのは、そのビールがどのビアスタイルに属するのか、どのような味わいを目指すのかという設計の部分だ。
海外のレシピサイトや既存のスタイルを参考にしながら、モルト(麦芽) の構成、色味、アルコール度数、香りの方向性を整理していく。そのうえで、どの層に飲んでもらうビールなのか、食事と合わせるのか単体で楽しむのかといった飲用シーンも想定する。
「自分たちが作りたいかどうか」よりも、「どう飲まれるか」を先に考える。この順序が、臥龍醸造の設計思想を端的に表している。
品評会に出品する以上、スタイルから大きく外れることはできない。だが、単に教科書通りに再現することが目的ではない。あくまで基準を理解したうえで、その中で完成度をどこまで高め、かつ個性をどれだけ出せるかが問われる。
臥龍醸造にとっての「我流」とは、型を壊すことではなく、型を使いこなすことに近い。
仕込みを支える温度管理と数値
仕込みの現場で特に印象的なのは、温度や数値への向き合い方だ。モルトを投入する際の湯の温度は、その日の気温やモルトの保管状態を踏まえ、事前に細かく計算されている。
たとえば、クラシックスタイルのエールをシングルマッシュで仕込む場合、マッシュ温度(麦芽の酵素を活性化させ、デンプンを糖に変える工程の温度)を68度に設定したい場合でも、最初から68度のお湯を用意するわけではない。モルトの量や温度によって下がる分を見越し、あらかじめ75度前後まで湯温を上げておく。こうした調整を怠ると、モルトの浸かる温度帯が上下して、タンパク質の残り方や糖化の進み方が変わり、最終的な味わいにも影響が出る。
原料管理も同様だ。モルトは外気温の影響を受けにくい環境で保管し、必要以上に長期保管しない。鮮度を保つため、仕込みのスケジュールに合わせて小まめに発注する体制を取っている。
発酵工程では、酵母の種類ごとに最適な温度帯があり、その範囲から外れないよう細かく管理する。発酵が思うように進まない場合は、温度を微調整しながら様子を見る。感覚や経験だけに頼らず、数値を根拠に判断する。この姿勢が、毎回の仕込みに安定感をもたらしている。
最初から理想の味にはならない
臥龍醸造では、初めて仕込むビールを「完成形」とは考えていない。どれだけ事前に設計を詰めても、最初の仕込みで理想通りの味になることはほとんどないからだ。
発酵は生き物を扱う工程であり、同じレシピでも季節や原料の状態、湿度や気温といった環境の違いによって結果は変わる。そのため、一度仕込み、味を確認し、そこから微調整を重ねていくことが前提となる。
モルトの配合比率を数%変える、ホップの投入量やタイミングを調整する。こうした小さな変更を積み重ねながら、狙った味に近づけていく。レシピの完成までに何度も醸造回数を重ねることも珍しくない。それでも、途中で妥協することはないという。
「最初から完璧を目指すよりも、きちんと詰めていく方が、結果的に良いビールになる」
失敗を前提に品質を高める
もちろん、すべてが順調に進むわけではない。発酵不良や副原料との相性が合わず、最終的に廃棄を判断したケースもこれまでにあった。
「年間で50〜60バッチ仕込んでいますが、開業から丸4年で捨てたのはこれまでに初年の2回だけです。でも、その2回のことは今でもはっきり覚えています」
廃棄は経営的にも精神的にも負担が大きい。それでも無理に出荷せず、原因を振り返り、次に生かす判断を優先する。どの工程で判断を誤ったのか、温度管理なのか、副原料の前加工なのか。
一つひとつ検証し、次の仕込みに反映させる。この積み重ねが、全体の品質を底上げしていく。大量生産ではないからこそ、一回ごとの結果に真摯に向き合う姿勢が求められる。
飲み手の反応がレシピを完成させる
臥龍醸造が重視しているのは、造り手の評価だけではない。イベントや直営店では、飲み手の反応を直接観察している。言葉として「美味しい」と言われることもあるが、それ以上に注目するのはグラスの減り方だ。気づけば空になっているグラスもあれば、感想は良くてもあまり飲み進められていない場合もある。
過去には、女性客の飲み進め具合をきっかけに、ペールエールのレシピを大きく見直したこともあった。苦味の強さや後味の残り方を調整し、より日常的に飲みやすい方向へと舵を切った。飲み手の無言の反応は、時にどんな感想よりも正直だ。その声を拾い、レシピに反映させていくことで、ビールは完成に近づいていく。
臥龍醸造のビール造りに、特別な近道はない。基本を守り、数字を確認し、失敗を受け止め、飲み手の反応に耳と目を澄ませる。その当たり前を徹底する姿勢が、結果として評価につながっている。派手さよりも確実さを選ぶ。臥龍醸造の一杯には、そんな誠実な積み重ねが静かに表れている。



