JA/EN

AI検索

関連ハッシュタグ

Articles

美しさを信じて、PVCシューズを作る「TEMPERATE」のものづくりの哲学

2026.10.28
雨の日でも気兼ねなく履ける機能性と、心ときめく美しいフォルム。PVC素材を使ったインジェクションシューズで独自の地位を築く「TEMPERATE(テンパレイト)」。
しかしその誕生の裏には、華やかなサクセスストーリーではなく、勤めていた会社の倒産と自らの出産が重なるという、予期せぬ逆境があった。
この記事では、デザイナーの和田さやか氏への取材を通して、逆境をしなやかに乗り越え、独自の哲学でブランドを育んできたものづくりの本質に迫る。

PROFILE

和田 さやか(わだ さやか)

TEMPERATEデザイナー/SIXTY FOUR LLC代表
London College of Fashion(旧Cordwainers)で、Footwear Designを専門に学ぶ。帰国後、靴修理専門店「UNION WORKS」に勤務。その後、商社でPVCシューズブランドの立ち上げ・企画に携わる。独立後、2017年に「TEMPERATE」をスタート。

「子どもの養育費が資本金に」逆境から生まれた一足

雨の日もおしゃれを楽しみたい、そんな思いに応えるPVCシューズブランド「TEMPERATE」。その誕生は、きらびやかなサクセスストーリーとは少し違う、現実的でパワフルな物語から始まる。
「全然素敵な話じゃないんですけど」と、デザイナーの和田さんは少し照れたように話し始めた。以前勤めていた会社が倒産し、時を同じくして自身は出産したばかり。腕の中には0歳の我が子。そんな目まぐるしい日々の中、事態は思わぬ方向へ転がっていく。
倒産した会社の管財人から「助けてほしい」と頼まれ、後処理を手伝うことに。その過程で、海外の工場に発注済みの商品を待つ人々の存在を知る。誰かが輸入しなければ、作り手も買い手も困ってしまう。その責任感から、和田さんは自ら会社を立ち上げる決意を固めた。
「0歳の子どもの養育費にと思って貯めていたものが、会社の資本金になっちゃったみたいな感じで」。あれよあれよという間に会社を立ち上げていたと、和田さんは当時を振り返る。
和田さんには、前職でPVCシューズのブランド立ち上げに携わった経験があった。そのことを知っていた中国の工場から「もったいないから、もう一度ブランドをやってみないか」と熱心な誘いを受ける。サンプル作りから展示会の出展まで、できる限りバックアップするという申し出だった。こうして、倒産という逆境と、周囲からの後押しが重なった結果、2017年、TEMPERATEは産声を上げたのだ。
バレリーナシューズをメインとしたデビューコレクション
2017年の展示会の様子

「みんながやらないからやる」工場と歩んだ品質への道

TEMPERATEが特化するPVC素材のインジェクション製法は、決して簡単に歩める道ではない。和田さんが「たい焼きみたいなもの」と表現するように、熱で溶かしたPVCの粒を金属の型に流し込んで成形する。この金型は一つのモデルに数百万円もの費用がかかり、一度作ると修正はほぼ不可能。流行を追いかけるのが難しい、ニッチな世界だ。
TEMPERATEの靴は、金型に液体化したPVCを流し込んで成形するインジェクション製法で作られている
なぜ、あえてその道を選んだのか。背景には、和田さんのユニークな経歴があった。商社に勤める前は、高級紳士靴の修理店で腕を磨いていたという。一流の靴を毎日見てきたからこそ、革靴の世界で後発として勝負することの難しさを痛感していた。「それなら、みんながやっていないところを攻めよう」。その逆転の発想が、PVCシューズへと彼女を導いた。
しかし、当時から契約していた工場は安価な製品の大量生産がメイン。品質管理を怠れば、不良品率は20%を超えることもあった。和田さんは中国の工場に乗り込み、品質改善に奔走したという。その情熱は、やがて工場の職人たちの心にも火をつけた。
「うちのシグネチャーローファーができたとき、工場の人とも一緒になって感激しましたね。『いいものができたね』って」。一見すると高級な革靴と見紛うほどのプロダクトが完成したときの喜びは、ひとしおだった。自分たちの工場でこれほど美しいものが作れるという事実に、職人たちも誇りを感じていたという。
現在展開している耐久性が進化したシグネチャーローファー。継ぎ目がなく浸水しない完全防水だ。 EATHAN 8,360円(税込)
和田さんのものづくりへのこだわりが、工場の技術力を引き上げ、共に成長できるパートナーシップを築き上げた。TEMPERATEの美しい一足は、そんな作り手たちの誇りの結晶でもあるのだ。

「コッペパンは作らない」美しさを貫くデザイン

「レインシューズって、コッペパンのような形の靴が多いなってずっと思ってたんですよね」。和田さんは、汎用性を優先するあまり、フォルムが画一的になりがちな従来のレインシューズに疑問を抱いていた。だからこそTEMPERATEでは、「美しいこと」を何よりも大切にしている。
万人受けを狙って、日本人に多いとされる甲高・幅広の足型に合わせれば、デザインは必然的に丸みを帯びてしまう。しかしTEMPERATEは、あえてその道を選ばない。シャープで洗練されたフォルムを追求し、美しさを最優先する。
「レインシューズが欲しいから買いに来るのではなく、まずは『これ素敵だな』と思ってもらい、そこから『あ、これレインシューズだったの?』というふうになってもらいたい」
そのこだわりから生まれたのが、バレエシューズやローファー、オックスフォードなど、異なる型を軸としたラインナップだ。日本人の平均的な足型に一つの型を合わせるのではなく、美しいフォルムを追求した完成度の高い型を複数用意し、その中から自分の足に合うものを選んでもらう。美しさと快適さ、そのどちらも妥協しないためのTEMPERATEならではの答えだ。
「あくまでも自分の足に合う、美しい靴を履いてほしい」という発想から生まれたさまざまな型の靴たち。型の選択肢を増やすことで、美しさと快適さを両立している
革を縫っているかのようなステッチの模様や、まるでエナメルのような艶やかな光沢。ディテールへのこだわりが、PVCシューズの新たな可能性を切り拓いている。
ステッチや目付けと呼ばれる模様も、すべてPVCで再現。このディテールが、靴の完成度を格上げしている

顧客の声と遊び心で育てる「のらりくらりブランド」

和田さんは自らのブランドを「のらりくらりブランドです」と笑う。確固たる方針を掲げて突き進むのではなく、顧客や工場の声に耳を傾け、しなやかに変化していく。
和田さんは、デザイナーであることを隠して自らポップアップストアの店頭に立つことがあるという。そうすると、顧客は「金具のゴールドがキンキラじゃなくって、もうちょっと抑えたシックなゴールドだったらいいな」といった本音を、気兼ねなく話してくれる。
「いいことも悪いことも全部吸収して、次に反映させる」。それこそが、小規模なブランドならではの強みであり、和田さんが大切にする顧客とのコミュニケーションなのだ。完璧な計画よりも、偶然の出会いや日々の対話から生まれるものを大切にする。そんな自然体の哲学が、TEMPERATEというブランドの温かみと魅力を形作っている。
インジェクションシューズの世界には、数年おきに流行の波が訪れるという。しかし和田さんは「波に関係なく、ずっと変わらず存在するものでありたい」と語る。コスト高騰という厳しい現実にも向き合いながら、顧客との対話と安定した品質でニーズに応えていく覚悟だ。
「朝、玄関で迷わなくていい」。そんなふうに、忙しい日々を送る人々の日常に寄り添う一足でありたいと願うTEMPERATE。これからも顧客や作り手の声に耳を傾け、のらりくらりとしなやかに変化しながら、多くの人の足元を支え続けていくのだろう。

Tags

この記事はいかがでしたか?

シェアリンクをコピーしました

Related Articles