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足袋を“呉服のもの”から解き放つ——ISAMIの「The Knit Tabi」が拓く、足袋の新しい可能性

2026.10.06
創業100年以上の歴史を持つ足袋メーカー、イサミコーポレーションが、新ブランド『ISAMI(イサミ)』を立ち上げ、ニット素材を用いた新感覚のフットウエア『The Knit Tabi(ザ ニット タビ)』を発売した。
伝統の象徴を織り続けてきた企業が、なぜ異分野の素材と製法に挑んだのか。『ISAMI』を率いる専務取締役の土屋海斗氏に、伝統を未来へ解き放つためのものづくりの背景を伺った。

PROFILE

土屋 海斗(つちや かいと)

株式会社イサミコーポレーション 専務取締役

「着物を着る人すら履いていない」——足袋産業の知られざる現実

2021年、土屋さんは「足袋事業をどうにかしてほしい」との依頼を受け、異業種からイサミコーポレーションへ入社した。1907年の創業以来、同社の核であり続けた足袋事業。しかし、その現場で彼が目の当たりにしたのは、想像以上に厳しい現実だった。
市場調査を進めるうち、衝撃的な事実が明らかになる。それは、和装のメインユーザーであるはずの着物愛好家ですら、今や同社が作るような伝統的な「岡足袋」を履いていないという実態だった。
伝統的な綿素材で作られた、イサミ足袋本舗の足袋。履き口には「こはぜ」と呼ばれる金属製の留め具がついている。イサミタビ 松白キャラコ 4枚こはぜ 3,000円(税込)
多くが選んでいたのは、数百円で手に入る海外製の安価なストレッチ足袋。高級な着物を売るための「おまけ」として扱われることさえあったという。
「いろいろやってみて分かったのは、着物を着る人たちでさえもきちんとした足袋を履いていないという事実だったんです。このまま従来の岡足袋を作り続けていても、実際に履く人がいなくなれば、100年以上培ってきた足袋づくりの技術も、文化の中から失われてしまう。そう感じたんです」
伝統的な足袋産業は、決まった型を大量生産する体制が根強く、新しいものを生み出す土壌がなかった。市場の縮小が止まらないなか、ただ伝統を守るだけでは未来はない。この課題認識が、「消えゆくものを、解き放つ。」というメッセージを掲げる新ブランド「ISAMI」誕生の原点となった。
消えゆく足袋づくりの技法を呉服の世界から“解き放ち”、現代のニーズに合わせた新しいフットウエアを目指した

呉服業界からの転換。目指したのは「靴下と足袋の“中間”」

新たな挑戦を決意したISAMIがまず下した大きな決断は、「呉服相手の商売に依存しない」ことだった。ターゲットを、これまで足袋とは縁遠かった現代の生活者にシフトし、まったく新しいフットウエアの開発へと舵を切る。
目指したのは、「靴下でもなく、従来の足袋でもない」プロダクトだ。その着想の背景には、両者の特性への深い理解があった。靴下は手軽だが、歩行時に力が分散しやすい。一方、足袋は親指が独立した構造と甲をしっかり支える縫製により、地面を掴むように力を伝えられる。しかし、伝統的な足袋は伸縮性のない綿素材を用いるため、夕方になると足がむくんで窮屈に感じるという側面もあった。
ISAMIが求めたのは、靴下のような快適さと、足袋ならではの機能性を両立させる「中間点」だった。
「どちらかに振ってしまうと、どうしてもその市場に飲まれてしまいます。靴下に寄ってしまうと弊社に強みはないですし、かといって岡足袋に寄りすぎてもプロダクトとして新しくない。この中間層というところが、ユーザー側からも求められていた部分でした。それを自社内で作れたところに100年企業としての誇りがあります」
日常的に履きたくなる快適性を持ちながら、足袋の良さも感じられる。このコンセプトが、「The Knit Tabi」の骨格を形づくっていった。
靴下のように編むのではなく、ニットの生地を足袋のように仕立てた「The Knit Tabi」 3,300円(税込)

異産地協業と立ちはだかった「縫製の壁」

コンセプトを実現する鍵は、素材にあった。協業先に選んだのは、新潟県見附市のニットメーカー「三本テキスタイル」。元々は学生服用のセーターで取引のあった同社と共に、ポリエステル糸「Amossa®」を用いた足袋専用のニット生地開発に着手した。最大の課題は「蒸れ」。一年を通して快適に履けるよう、スポーツウエアに使われるような通気性と速乾性に優れた素材を追求した。
「The Knit Tabi」のために編み方そのものを設計し直した、強度のあるジャガード編みの専用生地。足に心地よくフィットしながらも通気性が良く、やわらかな肌あたり
しかし、最大の壁は自社の製造現場にあった。イサミコーポレーションの工場は、長年、織物の縫製に特化してきた。やわらかく繊細なニットを扱うノウハウはなく、当初は試行錯誤の連続だったという。
「最初は本当に上手くいかなくて、全然上手に縫えませんでした。縫い目がガタガタになってしまうこともありました。ニット用のミシンを入れるなどして、サンプルを何回も何回も作って、ようやく見た目も十分だなと思えるレベルにたどり着きました」
専用の型を開発し、生地の伸縮率を計算し尽くした設計を取り入れた。履き口には締め付け感の少ない平ゴムを採用し、足袋の「ふわっと包む」感覚を再現。試行錯誤の末に生まれた縫製技術は、現在2名前後の職人が担っている。他産地との協業と、自社が持つ技術の応用。その両輪で、理想の履き心地が見えてきた。
最新技術も駆使して追求した履き心地を、熟練職人の技が支える

作り手さえも虜にした、新しい履き心地

2026年6月に発売された「The Knit Tabi」は、すぐに結果を出した。川越にある直営店では他の商品を圧倒する人気となり、まさにブランドの「ゲームチェンジャー」となった。オンラインよりも、実際に手に取って試着できる店舗での売り上げが大きいことが、その独特な履き心地が評価されている証明でもある。
ユーザーからは「買ったサンダルが夏を過ぎても履けるのがうれしい」といった、季節を越えてファッションを楽しむ声も届いている。
直営店では、オンラインショップよりもさまざまなカラー・柄を展開し、好評を得ているという。ニットだからこそ表現できる配色やパターンが魅力(写真は展示会のもの)
レザーのサンダルや足袋シューズとも好相性。足元をさりげなく引き立ててくれる
しかし、何よりも土屋さんを喜ばせたのは、社内での変化だった。
「一番うれしかったのは、うちの工場の職人たちが、みんなニットの足袋を履いて仕事をするようになったことですね。自社で作り上げた商品を自分で買って履いて、その良さを実感してくれる。まず身内に愛されないと、他にも愛されないだろうと思っていたので、その点は非常にうれしかったです」
新しい挑戦の末に生まれたプロダクトは、履く人の日常に新しい価値をもたらすだけでなく、作り手自身の誇りをも育んでいた。
自ら作り、自ら履く。その表情からも、ものづくりへの誇りがうかがえる
「The Knit Tabi」の成功は、ISAMIにとって始まりに過ぎない。今後は、奈良のシューズメーカーや岩手の南部鉄器といった、さらに多様な産地と「足袋」を軸に繋がり、新たなプロダクトを生み出していく構想があるという。
履くものという常識を塗り替えるように、日本のものづくりを繋ぐハブとして、ISAMIが目指す「足袋」の概念はさらに拡張していく。伝統とは、守り続けるだけでなく、解き放つことで未来へと続いていく。ISAMIの挑戦は、その可能性を力強く示している。

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