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原宿生まれのCPH(シーピーエイチ)デザイナーが語る、移り行く原宿
表参道にあった同潤会(どうじゅんかい)アパート[1]で生まれ育ち、今年で24周年を迎える原宿の帽子ブランド「CPH(シーピーエイチ)」のデザイナー渡部健二さんに、原宿の昔と今、そして長年原宿で愛される帽子作りの事を伺ってみた。
同潤会アパートに生まれ、幼少期を過ごした1970年代の原宿
「幼少の頃の1970年代、その頃からもう表参道はにぎわっている場所でした。表参道は都会のど真ん中で、なぜ表参道に住んでいたのか小さかった僕には分からないのですが、当時まだ風呂が付いていない家も多かった時代でした。同潤会アパートは屋上に風呂が付いていて、それを8世帯くらいが順番に使う決まりだったのを覚えてます。昔は原宿にも銭湯がいくつかありました。例えばとんかつのまい泉 青山本店はもともと銭湯だった建物を改築して使っているので、今でも銭湯の名残が感じられる内装になっています。東郷神社の横にある東郷幼稚園に通っていたのですが、そこでザリガニ取りをしていました。あの敷地は今も少し自然が残っています。その頃はまだラフォーレ原宿もなかった頃で、そこには教会がありました。思い出せる昔の事はそういった感じです」

青春時代を過ごした80年代の原宿
幼少時代を過ごした原宿から神奈川・埼玉へと移り住み、今度は通うようになった青春時代の80年代の原宿。当時文化服装学院の学生だった渡部さんに、ファッション的な視点から見た原宿の街の事を聞いた。この記事は会員限定です。
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