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「SUN SURF」がアロハシャツ文化を現代へと受け継いでいる理由
「アートを着る」と評されるヴィンテージアロハシャツ。20世紀半ばに作られた名作の数々を復刻するだけでなく、失われつつある捺染技法や当時の空気感までを再現し、その魅力を現代へと受け継いでいるブランドが、東洋エンタープライズの「SUN SURF(サン サーフ)」だ。
数千点にも及ぶヴィンテージアロハシャツのアーカイブを収集・研究し、一着一着に刻まれた歴史や文化的背景まで掘り下げながらものづくりを続ける姿勢は、単なる復刻ブランドという言葉では語り尽くせない。
そこには、アロハシャツをファッションとしてだけでなく、文化遺産として未来へ継承していこうとする揺るぎない信念がある。
今回は、SUN SURFの企画統括であり、アロハシャツ研究家でもある中野 喜啓氏に、同ブランドが半世紀以上にわたり積み重ねてきた探究と、そのものづくりについて話を聞いた。
半世紀続く復刻への挑戦
1970年代半ば、アロハシャツに特化したブランドとしてSUN SURFは産声を上げた。しかし、その源流はそれよりさらに遡る。母体である東洋エンタープライズが1975年に立ち上げたブランド「SUGAR CANE(シュガー ケーン)」では、すでにアロハシャツづくりに着手しており、さらに言えば前身である港商(こうしょう)の時代から、同社はアロハシャツを手がけてきた歴史を持つ。
SUN SURFの独自性は、単にアロハシャツを作るだけでなく、その黄金期とされる1930年代から50年代のヴィンテージ品を徹底的に研究し、復刻するという点にある。この壮大なプロジェクトの始点は、ブランドの立ち上げとほぼ同時期に、同社の代表である小林 亨一氏がヴィンテージアロハシャツの収集を始めたことだった。

それは、単なる商品開発のための資料収集ではなかった。失われゆく文化遺産を保護し、その価値を解明するための、半世紀にわたる探求の始まりでもあった。現在、同社が所蔵するヴィンテージは数千点にまで及び、その膨大なアーカイブはブランドの根幹を成している。
失われつつある捺染技術の継承
アロハシャツの主役は、その大胆で色鮮やかな「柄」だ。SUN SURFがもっとも情熱を注ぐのも、このプリントの再現である。ただし彼らが挑むのは、デザインの模倣ではない。当時の製法そのものを現代に甦らせることだ。その象徴が「抜染(ばっせん)」と呼ばれるプリント技法である。抜染とは、まず生地全体を地色とする色に染め上げ、その後、柄の部分の色を抜きながら、同時に新たな色を染め入れる技術だ。しかし、狙い通りの鮮やかな色を出すには熟練された高い技術が必要なことから、現代の生産では敬遠され、失われつつある技法でもある。
SUN SURFはヴィンテージを分析するなかで、現代でも高く評価される名作アロハシャツの多くがこの手法で作られていたことを突き止めた。見た目のデザインだけを再現するだけならもっと簡単な方法がある。
しかし彼らは、当時の作り方を踏襲してこそ、ヴィンテージが持つ独特の風合いと深みが生まれると信じている。言うは易く、行うは難し。彼らは工場と二人三脚で試行錯誤を重ね、この高度な技術を再現するに至ったのである。


名作アロハに宿る物語
SUN SURFのこだわりは、具体的な製品にどう結実しているのか。この夏、注目すべき3つのアイテムから、その世界観を紐解いていこう。まず、数あるアロハシャツの中でも名作として知られる「DUKE'S PINEAPPLE(デュークス・パイナップル)」。ハワイの英雄、デューク・カハナモクの名を冠したこのシャツは、当時のブランドラベルや襟の形、各部の縫製仕様に至るまで、オリジナルに忠実に再現されている。
SUN SURFの通常ラインが現代のファッションになじむよう考慮されたディテールであるのに対し、この「スペシャルエディション」と呼ばれる特別なラインは、ヴィンテージアロハシャツが作られた時代の空気までをも纏っている。


次に、和の意匠が美しい「JAPANESE QUAINT DESIGN(ジャパニーズ・クウェイント・デザイン)」。このシャツの生地は、1950年代後期に日本でプリントされ、ハワイへ輸出されたものを糸から再現。まるで着物のような質感を持つ“レーヨンちりめん”素材に、日本の美意識が凝縮されている。
当時は、日本からの移民を通じて多くの生地がハワイへ渡り、アロハシャツの多様性を育んだ。この一着は、日本とハワイの文化交流の歴史を物語る証人でもある。


そして、アロハシャツらしさ満点の「UKULELE MELODY(ウクレレ・メロディ)」。ウクレレのモチーフの中に、サーフィンをはじめとする海でのアクティビティや風景が描かれた、まさにハワイでの思い出を詰め込んだようなデザインだ。
このシャツの復刻には、先述の「抜染」の技術が用いられている。濃紺の生地から鮮やかなイエローやグリーンが染め抜かれる。その鮮烈なコントラストは、困難な技術に挑んだ者だけがたどり着ける境地だ。
SUN SURFが目指すのは、単なる外見の再現ではない。製法や歴史的背景といった物語ごと復刻し、それを現代を生きる消費者へ届けることで、一枚のシャツへの愛着を育んでもらうことなのだ。


スカジャンが繋ぐブランドの歴史
SUN SURFの歴史を語る上で、もう一つ欠かせない存在がある。それは「スカジャン」だ。東洋エンタープライズの前身である港商は、刺繍入りジャケット、すなわちスカジャンの「生みの親」とも言える会社だった。
この歴史は、アロハシャツづくりにも意外な形で影響を与えている。今季リリースされた「EAGLE(イーグル)、TIGER(タイガー)、DRAGON(ドラゴン)」という一着は、港商が1950年代に手がけていたブランド「FASHION MART(ファッション・マート)」のヴィンテージを復刻したものだ。
これは、同社のルーツを雄弁に物語る一着だ。スカジャンの「生みの親」と称される港商のアイコニックな刺繍の意匠を、アロハシャツのプリント柄として大胆に展開したのである。背中の刺繍であるべき柄が、シャツの全面を覆うデザインとして生まれ変わる。
同社のアーカイブには、こうした自社の歴史そのものがヴィンテージとして眠っており、それを現代に復刻できる確固たる強みがある。それは、半世紀以上にわたり、一貫してアメリカンカジュアルウエアと向き合ってきた東洋エンタープライズだからこそ可能な、壮大な物語の再演と言えるだろう。


アロハを文化として伝える
SUN SURFの活動は、アパレルブランドの枠を大きく超えている。彼らは長年の研究成果を『VINTAGE ALOHA SHIRTS(ヴィンテージ・アロハ シャツ)』と題した書籍シリーズとして出版し続けている。一体なぜ、そこまでしてアロハシャツの魅力を伝えようとするのか。彼らが書籍出版に力を入れるのは、これまで体系的に語られることのなかったアロハシャツの歴史や文化的背景を、広く世に伝えたいという想いがあるからだ。かつてアロハシャツには、どこか軽薄なイメージがつきまとった時代もあった。しかし、その背景には、ハワイへの移民の歴史、東西文化の交流、そして当時のデザイナーや画家が手がけたアート性の高いデザインといった、豊かな物語が広がっている。
「一つひとつのシャツにストーリーがあることを知ってほしいのです」
ブランドが伝えたいのは、この一言に集約される。彼らの活動は、アロハシャツを単なる季節的かつ一過性のファッションアイテムから、歴史的・文化的な価値を持つ「着るアート」へと再定義する試みだ。一枚のシャツの背景を知ることで、愛着は深まり、価値観は変わる。SUN SURFが紡ぐのは、服ではなく、服にまつわる物語そのものなのだ。

向かって右上:VINTAGE ALOHA SHIRTS 2 6,600円(税込)
向かって左下:VINTAGE ALOHA SHIRTS 3 8,800円(税込)
向かって右下:VINTAGE ALOHA SHIRTS 4 8,800円(税込)
アロハシャツの全盛期は1940年代後半から50年代にかけて。ヴィンテージ市場では、当然ながら年々その数は減少し、価格は高騰している。しかし同社は、数多のヴィンテージを収集した上でも、まだ見ぬ名作の発見を信じている。
未知のヴィンテージとの出会いが待っている限り、SUN SURFの探究が終わることはない。それは、一枚のシャツに宿る物語を掘り起こし、その文化的価値を未来へと継承していくという使命を自らに課しているからだ。
彼らが作り出す一着は、単なる復刻品ではない。歴史への深い敬意と、失われつつある技術の継承、そして文化を伝えんとする情熱が織り込まれた、現代を生きる我々のための新たなマスターピースなのだ。
PROFILE

中野 喜啓(なかの よしひろ)
東洋エンタープライズ株式会社 アロハシャツ研究家・SUN SURF企画統括
1975年、愛知県生まれ。学生時代にアロハシャツの魅力に取り憑かれ、大学卒業後にハワイへ移住。
現在はアロハシャツブランド「SUN SURF」の企画統括を行いながら、4,000着以上にも及ぶ厳選されたヴィンテージアロハシャツコレクションをもとに、アロハシャツ研究家としてその魅力を楽しんでもらうための活動を続けている。












