
デコ屋敷「彦治民芸」11代目。テレビ制作会社での勤務を経て、2010年に家業に入る。父であり師匠でもある10代目・高宜さんの背中を追い、三春駒や張子人形の伝統的な絵付けの技を磨いてきた。現在は、「ウルトラマン」や「ポケモン」といった現代のアイコンと三春駒を融合させるなど、伝統の枠組みを広げる新たな挑戦を続けている。
日本三大駒のひとつ「三春駒」の起源は、1000年以上前の平安時代にまでさかのぼる。征夷大将軍・坂上田村麻呂にまつわる伝説が、その始まりだ。
戦火の中、窮地に立たされた将軍を救ったのは、どこからともなく現れた100頭の木馬の群れ。京都・清水寺でお守りとして授かった木馬が、本物の馬へと姿を変え、田村麻呂を助けたと伝えられている。
この伝説がやがて、子どもの健やかな成長を願う縁起物として広まり、馬の形を模した三春駒が作られるようになった。
かつてこの地を治めた三春藩には多くの野生の馬が生息し、江戸時代には良質な軍馬や農耕馬を育て、馬の産地として栄えてきた。
丈夫で力強い三春の馬をモデルに、子どもの健康と健やかな成長を願う縁起物として作られてきたのが三春駒だ。厳しい土地で暮らす人々が、子どもの成長や家族の幸せを願い、手元に置いてきた祈りのかたちでもある。
黒い三春駒は子どもの健やかな成長や子宝を願う「子育て駒」とされ、古くから親しまれてきた。一方、白い三春駒は長寿や無病息災を願うものとして作られている。
