
福島県内の専門学校で和裁・洋裁を学び、山形・米沢の機屋「新田」で機織りに魅了され、卒業後に弟子入り。1999年、自宅を工房に改装し、草木染めと織物作品の制作を独自に開始。川島テキスタイルスクールで学びながら、講師としての活動もスタートした。
2001年、福島市に「工房おりをり」を開設。織物・紡ぎ・草木染め・羊毛クラフトの講習や作品販売を行う。2007年には羊毛フェルト専門店「町工房おりをり」(2019年「羊工房おりをり」として移転)、2010年には古民家を改修した「染織工房おりをり」を開設し、制作と発信の場を広げてきた。
震災後は養蚕や糸紡ぎにも取り組み、素材から手がける制作へと領域を広げる。福島の絹や真綿の魅力を伝えるための商品開発にも力を注ぎ、2020年には洗顔シリーズ「mawata bijin」を発表。絹の魅力を届ける活動を続けている。
ぼた雪が降る3月。福島市の温泉街・飯坂温泉のほど近くにある工房「おりをり」を訪ねた。
ここでは、蚕を育て、糸を紡 ぎ、染め、織りまで、絹が生まれるすべての工程を手仕事で行っている。
「養蚕をしているとね、無駄にするものがひとつもないのよ」
鈴木さんの言葉どおり、工房「おりをり」では、蚕から生まれるすべてのものを大切にしながらものづくりが行われている。織物だけでなく、シルクの洗顔パフや、繭に含まれる「セリシン」を抽出してつくる化粧水など、その形はさまざまだ。
取材中には、蚕の糞(蚕沙:さんしゃ)を乾燥させて焙煎した「蚕沙茶(さんしゃちゃ)」を淹れてくれたが、これが香ばしくてとてもおいしかった。
鈴木さんが「絹」に着目したのは、東日本大震災がきっかけだ。
「福島に、何を残すべきか」
そう真剣に向き合ったとき、養蚕から織物まで一貫して行う福島の絹文化に目を向けた。
「絹って、知れば知るほど面白いの。鎖国を解いた日本が、貿易で外貨を稼ぐため主要な輸出品となったのが生糸です。生糸があったからこそ、今の豊かな日本があるとも言えるくらい、大切な文化なんですよね。歴史から見ても、絶対になくしてはいけないものだと思うんです」
現在、鈴木さんは、自ら養蚕を手がけるだけでなく、絹文化を現代へつなぎ直す活動にも取り組んでいる。
