盆栽は、生きたアートだ—— 平尾成志が「作り直し続ける」理由【後編】
2026.05.08
盆栽は、生きたアートだ—— 平尾成志が「作り直し続ける」理由【後編】
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前編では、平尾成志が相棒と呼ぶハサミや針金、鉢、水、そして生きている木そのものについて、盆栽の現場から見てきた。後編では、その相棒とともに、平尾が盆栽を「仕事」から「表現」へと拡張してきた理由に迫る。
完成を目指すのではなく、変化を受け入れ、壊し、作り直す。平尾成志の盆栽観は、人生の時間そのものと強く結びついている。

陸上競技から、盆栽の世界へ

平尾は、もともと盆栽の家系に生まれたわけではない。大学までは陸上競技に打ち込み、将来もまったく別の道を思い描いていた。転機は、京都・東福寺で見た庭園だった。

「正直、最初はよく分からなかったんです。でも、しばらく立ち止まって見ているうちに、これは“時間”をながめているんだな、と思いました」

完成した形よりも、そこに積み重なった時間に惹かれた。その感覚が、盆栽という世界へ足を踏み入れるきっかけになった。

海外で気づいた「伝わっていない本質」

師匠の言葉も、平尾の背中を押した。

「盆栽を、国内外問わず伝えられる人間になってくれ」

その言葉通り、平尾は海外へ出ていく。25ヶ国以上で、デモンストレーションやワークショップを行ってきた。だが、海外で盆栽を紹介するほど、違和感も募っていった。

「形や作り方は伝わるんです。でも、それだけだと、どうしても表面的になる」

盆栽は、決められた完成形を再現するものではない。木の状態を見て、その都度判断し、時間をかけて変えていくものだ。

「そこが、一番伝わりにくいんですよね」