【第3回(最終回)】挑戦と継承──現代の名工・畠山弘が次世代へ伝えるメッセージ
2026.02.16
【第3回(最終回)】挑戦と継承──現代の名工・畠山弘が次世代へ伝えるメッセージ
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伝統の技を受け継ぐ者として、変化の波からは逃れられない。かつて40軒以上あった東京七宝の工房は、今やわずか数軒にまで減っている。需要の減少や海外製品の台頭により、業界全体は縮小を続けてきた。
そのなかで畠山さんは、受注生産にとどまらず、自ら発信する作品づくりへと方向性を切り替えた。そして今、次の世代へと技術を受け継ぎながら、未来を見据えている。

七宝焼業界の変化と新しい方向性

1964年の東京オリンピックでは七宝焼で五輪のマークが制作されましたが、近年では樹脂での着色や海外生産に置き換えられています。日本国内での需要は減少し、かつて40軒以上あった組合員は、今では5軒ほどにまで減りました。

「昔は色を入れるといえば七宝焼でした。でも今は樹脂が主流です。中国で安く作って日本で販売する流れが一般的になってしまいました」

畠山さんは、そうした現実を冷静に受け止めつつも、ただ衰退を見守ることはしませんでした。外部からの依頼に応えるだけでなく、自ら型を作り、製品として発信するスタイルへと変化させてきたのです。

失敗からの学び

長い職人人生の中では、忘れられない失敗もありました。祭りで使用する太鼓のデザインを手掛けた際、色を間違えて1,000個以上作り直したこと。プリカジュールの大作で1ヶ所だけ仕上げられず、悔しい思いをしたことも。

「失敗は辛いですが、それ以上に次への工夫や気づきを与えてくれる。挑戦し続ける限り、必ず次につながります」

その言葉には、積み重ねてきた経験と職人としての覚悟がにじみ出ています。