

江戸時代から続く日本橋石町松村系の伝統木版摺師を継ぐ関岡木版画工房の摺師。大学卒業後、一般企業への就職を経て家業を継ぎ、荒川区指定無形文化財保持者の川嶋秀勝に師事して修業を重ねた。千社札や浮世絵などの摺りを手がけ、創作版画や現代企画にも挑戦している。
荒川区の路地裏にある関岡木版画工房。伝統木版画技術を受け継ぎ、千社札、伝統浮世絵、新作浮世絵などの制作および、江戸・明治期版木調査を行う摺師だ。
そもそも木版画が日本にやってきたのは、仏教伝来と同じ飛鳥・奈良時代。江戸時代になると、浮世絵師・鈴木春信が、木版に見当(けんとう)という目印をつけ、木版多色摺りの錦絵を制作した。そこから浮世絵は、色鮮やかな江戸大衆文化として花開いたのだ。
かつて江戸の町で浮世絵が爆発的に流行したのは、緻密な分業システムがあったからだ。
時代を読み、世に受ける企画を仕掛けるプロデューサーが「版元」だ。NHK大河ドラマ『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎などはその代表格といえる。その版元のアイディアを形にするのが、葛飾北斎や歌川広重といったスター「絵師」たち。そして、その絵を寸分違わぬ精度で形にするのが、版木を彫る「彫師」と、和紙に魂を吹き込む「摺師」の技だ。
「江戸時代の摺師松村仙吉から数えて、僕で7代目。関岡木版画工房としては、曽祖父が創業して、祖父関岡功夫が2代目として受け継ぎ、師匠川嶋秀勝が3代目、僕で4代目です」
摺師である祖父にかわいがられ、木版を身近な存在に感じながら育った。小学生の夏休みの自由研究で木版画を摺って、面白かったと語る小川さん。しかし最初から摺師として生きる道を選んだわけではなかった。
「大学を卒業してリサイクルショップに就職して、骨董品などを買い取りする営業の仕事をしたんです。そこで、お客様に家業の話をすると『素晴らしい仕事だ』と言ってもらえて。このまま会社を続けるべきか家業を継ぐべきか考えたときに、関岡の木版画を残したいと思い、家業を継ぐことに決めました」
職人として生きるのであれば、早いほうがよい。仕事を一念発起して退職し、職人の道をめざすことにした。
