炎の向こうに時間を灯す大森和蝋燭屋:7代目が守り続ける「生掛け」の技法
2026.03.11
炎の向こうに時間を灯す大森和蝋燭屋:7代目が守り続ける「生掛け」の技法
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愛媛県内子町に、四国で最後となった和蝋燭店「大森和蝋燭屋」がある。櫨(はぜ)の実から採れる木蝋(もくろう)を使い、蝋を一本ずつ手で塗り重ねる「生掛け製法」。この伝統ある日本古来の製法を守り続けてきた7代目・大森さんに、日々の仕事と和蝋燭が灯す時間について話を伺った。
PROFILE|プロフィール
大森 亮太郎(おおもり りょうたろう)

大森和蝋燭屋 7代目

暮らしの中に残る町で、火を灯し続ける

江戸期の面影を色濃く残す内子町。国の伝統的建造物群保存地区に選定された町並みは、観光用に整えられた風景ではなく、今も人が暮らし、子どもたちが通学路として歩く生活の場だ。その一角に、大森和蝋燭屋がある。

朝8時。作業場では静かに一日の準備が始まる。竹串に芯を通し、蝋を溶かす火加減を確かめる。気温や湿度、その日の空気を肌で感じながら、作業に入るタイミングを決めていく。和蝋燭づくりは、決められた手順をなぞる仕事ではなく、その日の環境と対話するところから始まる。

櫨の実が育てた町と、消えかけた仕事

内子町はかつて、櫨の実から採れる木蝋の生産と輸出で栄えた町だった。石油が普及する以前、蝋は貴重な原料であり、生活に欠かせない存在だった。内子で作られた木蝋は、国内のみならず海外にも出荷され、町の経済を支えていたという。

しかし、パラフィン蝋の普及とともに和蝋燭の需要は急速に減少した。町にいくつもあった蝋燭屋は次々と姿を消し、今では四国で唯一、大森和蝋燭屋だけが残っている。

「先代たちは、別の仕事をしながらでも、店だけは残そうとしてきたと聞いています」

その選択がなければ、この場所で和蝋燭の火が灯ることはなかった。