火と漆と、山形の手——菊地保寿堂がつなぐ9,000年の技
2025.11.17
火と漆と、山形の手——菊地保寿堂がつなぐ9,000年の技
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山形の工房に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。赤々と燃える熱気と、砂のにおい。静かながらも、張り詰めた緊張感が漂う。「これが人の手の仕事か」と思わず息をのむ。ここは、「菊地保寿堂」。創業420年を超える老舗であり、代表の菊地規泰さんは、伝統工芸の最前線で「変化すること」を恐れない職人だ。
PROFILE|プロフィール
菊地 規泰(きくち のりやす)

菊地保寿堂 15代当主

鋳物の町・山形で生まれる、柔らかい鉄

「うちはね、砂の種類から違うんですよ」

菊地さんは、型を作るための砂を手に取りながら説明してくれた。山形鋳物の特徴は、この砂にある。最上川流域で取れる川砂は粒が丸く、仕上がりが滑らか。一方、山砂は角が立ち、締まりが強い。その違いが、鉄の肌に繊細な表情を生み出す。

「柔らかく見える鉄を作るには、この砂の調合が命なんです」

細かい造形を扱うのは至難の業。

「細かい砂を使いこなすのは本当に難しい。でも、それができるのが山形の職人なんですよ」

こうした地の利と手の感覚が、山形鋳物を“生活の中の芸術”たらしめている。

漆を何度も塗り重ねて、コーティングを行う
漆を何度も塗り重ねて、コーティングを行う

砂と火と、9,000年の素材「漆」

仕上げの現場では、職人たちが真剣な表情で鉄の表面に漆を塗っていた。しかも、焼きながら塗る。この工程こそ、菊地保寿堂独自の技。

「焼き消して、焼き消して、何度も塗り重ねる。だいたい3層ぐらいかな」

漆を使う理由を尋ねると、菊地さんは少し熱を帯びた声で答えた。

「今の世の中にはいろんなコーティング方法があるけれど、発がん性物質を含むようなものも多い。でも、漆は違う。9,000年前から使われてきた、人に安全な素材なんです」

その言葉には、“人にやさしいものづくり”という信念が込められている。

「人に安全なものって、美しいんですよ」

この哲学は、製品の機能やデザインを超えて、人と自然が共生する道具づくりそのものを体現している。

最近では、IHにも対応している漆焼付着色の料理道具の開発にも取り組んでいるという。伝統素材が現代の暮らしに生きるよう再定義する挑戦——。それは、過去を守ることではなく、未来へつなぐ創造の試みだ。