独学から彫金職人へ:ジュエリーサショウ・佐生恵実さんが歩む、手仕事と家族の道
2025.11.12
独学から彫金職人へ:ジュエリーサショウ・佐生恵実さんが歩む、手仕事と家族の道
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「職人の仕事は、本当に面白いんですよ」そう笑うのは、東京都江東区の工房兼ショップ「ジュエリーサショウ」で働く彫金職人・佐生恵実さん。
会社員時代は仕事終わりに彫金を学んだ。今は3代目の夫・真一さんとともに工房を支える。子育てや介護と向き合いながらも、ものづくりの喜びを原動力に歩んできた。「母」「妻」「職人」としての時間を重ねてきた彼女の、手仕事への想いを聞いた。
PROFILE|プロフィール
佐生 恵実(さしょう えみ)

ジュエリーサショウ 彫金職人

大分県生まれ、富山県出身。会社員として勤務しながら、彫金を学び職人へ。結婚後はジュエリーサショウで、夫とともに彫金職人として、リメイクジュエリーなどの製作に携わる。

ものづくりへの情熱が、職人の扉を開いた

音楽を愛する家に生まれ、幼い頃からバイオリンを弾き、大学で外国語を学んでいた恵実さん。彫金職人として生きる道に出会ったのは、大学4年生のときだという。

「会社で働く未来を想像してみても、ぴんとこなくて。ものづくりやキラキラしたものが好きだと思い出して、彫金をやってみたい! と思ったんです」

しかし、周りに職人などはいない。卒業後お金を貯めて専門学校への進学も考えたが「すぐに始めたい」という想いから、一般企業に就職しつつ、会社帰りに彫金教室に通いだした。

「みるみるのめり込んでいきましたね。教室を掛け持ちして、いろいろな工具屋さんや職人さんを訪ねて、がむしゃらに学びました」

仕事後に終電まで学び、有休や夏休みを使って、ときにはバリ島に銀線細工を学びに行く。給料とボーナスは工具に消え、自宅には3畳ほどの工房スペースができるまでに。その情熱が実を結び、作品を展示会で販売するようになり、次第に職人としての道が開けていった。

「一生懸命やっていると、誰かがチャンスをくれるんです。学び始めて3年ほど経ったとき、鎌倉のデザイナーの工房と、御徒町でロストワックス原型のチームに誘われて、会社を辞めて職人として生きることを決意しました」

そこでチームメイトとして出会ったのが、夫となる真一さんだ。金工を営む家に生まれ、ロストワックス職人に弟子入りしていた真一さんは、恵実さんの良き相談相手だったという。

「納期が迫り夜中に作業をしていると、心配して『大丈夫?』とよく電話をかけてきてくれました。食べ物の好みなど、不思議と気の合うところもあって、仕事帰りにご飯を食べたり、上野公園を散歩したりして、少しずつ仲良くなりました」