古いものが息を吹き返す──ジュエリーサショウ:記憶をつなぐ彫金の技
2025.10.09
古いものが息を吹き返す──ジュエリーサショウ:記憶をつなぐ彫金の技
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東京・深川にある「ジュエリーサショウ」は、東京都指定の伝統工芸品「東京彫金」の技術を受け継ぐ工房だ。江戸の粋を体現する辰巳芸者の美意識が息づく街で、3代続く工房である。
全国でも珍しいリメイクジュエリーや修理加工を扱っているジュエリーサショウには、各地から思い出の宝飾品を携えた人々が訪れる。伝統技術と最新技術を組み合わせた、異色の職人佐生真一さんに、その匠の技を聞く──
PROFILE|プロフィール
佐生 真一(さしょう しんいち)
佐生 真一(さしょう しんいち)

1978年生まれ。職人歴28年。ANNA SUI、映画、舞台で用いる王冠、宝飾も手がける。『江東ブランド』認定。『東京手仕事』認定。東京彫金所属。

新しい技術にも挑戦する型破りな職人

ジュエリーサショウの始まりをお聞かせください。

ジュエリーサショウは大正元年、1912年創業です。江東区無形文化財の金工を受け継ぐ工房でした。

江戸時代初期に、武士の刀の鞘などに縁起担ぎの金細工をあしらったことで金工の技術が広まりました。型に溶かした金属を流し込み成形する鋳金(ちゅうきん)、金槌や木槌で金属を叩いて加工する鍛金(たんきん)、鏨(たがね)を用いて成形したり、模様を彫ったりする彫金(ちょうきん)の、3つの技術から成り立っています。その中の彫金が、東京都指定の伝統工芸品に指定されています。

もともと材木問屋だったのですが、やり手の商人だった曾祖父が大酒飲みで早くに亡くなってしまって。体の弱かった祖父が、材木屋を畳み、手に職をと金工の丁稚に行ったことが工房の始まりです。この界隈は、江戸の粋でいなせな庶民芸術の辰巳芸者の街。祖父も芸術性に優れた人だったので、芸者たちの簪や帯留めなどの装飾品を作っていました。

3代目の佐生さんが修行先に選んだのは、金工ではなく、ワックスモデリングの技法だったとか。

ワックスモデリングは、ワックス素材を削って原型を作り、鋳造(ちゅうぞう)で金属へと置き換えるアメリカからきた新しい技術。僕は、ワックスモデリングの動きのダイナミックさに惹かれて、第一人者に師事しました。

ちょうどその頃、日本では空前のシルバーブーム。ブランドが競ってシルバーアクセサリーを展開していて、ベルボトムにクロムハーツをつけて歩くのが流行っていました。1年ほど修行をしたあと、アクセサリーの原型を作る原型師という仕事や、阿修羅像やMIKIMOTOのアクセサリー制作などで技術を磨き、30歳を過ぎてから家業を継ぐことになりました。