ガラスという沈黙のパートナー、江戸切子の輝きを支える素材との対話
会員限定記事2025.11.25
ガラスという沈黙のパートナー、江戸切子の輝きを支える素材との対話
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工芸品を手に取るとき、私たちはその形や色彩の美しさにまず目を奪われます。私自身、これまで多くの工芸品を取材してきましたが、その華やかな意匠や職人の卓越した技術にばかり注目し、根底にある「素材」そのものについて深く考える機会は少なかったように思います。
しかし、江戸切子について調べるうち、ある事実に心を動かされました。それは、一つのガラス器がこれほどまでに深く素材と対話し、その声に耳を澄ませながら作られているということです。その輝きは、単なる装飾ではなく、ガラスという素材の特性を最大限に引き出した末に生まれる、必然の光なのではないでしょうか。

輝きの源泉、2種類のガラスが拓いた表現の地平

江戸切子の美しさを決定づける根幹には、使用されるガラス素材そのものの特性があります。歴史を遡ると、江戸切子で用いられるガラスは、主に2つの種類に大別されます。「ソーダ石灰ガラス」と「クリスタルガラス」です。明治期に西洋から新しいガラス製造技術がもたらされたことで、切子向けの素材が国内でも生産されるようになりました。

ソーダ石灰ガラスは比較的硬質で軽量な特性を持ち、業務用や日常的な切子にも幅広く用いられて活用されている素材です。

クリスタルガラスは、ソーダ石灰ガラスに比べて柔らかく、重量感があるのが特徴です。この「柔らかさ」こそが、職人の創造性を大きく解き放つことになります。ある職人は、「クリスタルガラスの導入がなければ、現代に見られるような深く、そして極めて緻密な文様の表現は生まれなかっただろう」と語ります。

さらに、クリスタルガラスは光の屈折率が格段に高いという特性を持っています。カットされた面に当たった光は、内部で複雑に反射、分散し、時に虹色の輝きを放ちます。深く鋭いV字型のカットや、連続する細かい彫りが菊の花のように見える「菊繋ぎ(きくつなぎ)」といった複雑な文様を施し、江戸切子特有の華麗なきらめきが生まれます。この切子特有の華麗なきらめきは、まさにこの素材の物理的な特性によって生み出されているのです。

ガラスは単に加工されるだけの受け身の存在ではなく、その特性や輝きをもって職人の技術に応える、能動的なパートナーと言えるのかもしれません。

江戸切子の製作、割り出し(これからカットする模様の基準となる線を引く)工程<br>画像提供:江戸切子協同組合
江戸切子の製作、割り出し(これからカットする模様の基準となる線を引く)工程
画像提供:江戸切子協同組合

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