波佐見が窯業の地として発展した背景には、その地理的条件が深く関わっています。波佐見は山々に囲まれた内陸の盆地であり、この地形が初期の磁器生産において重要な役割を果たしました。
磁器の大量生産には、巨大な「登り窯」が不可 欠でした。登り窯は、山の斜面を利用して窯を階段状に連ねることで、熱を効率的に窯の奥へと伝え、一度に多くの製品を焼き上げることを可能にする設備です。波佐見の地形は、この大規模な登り窯を築くのに理想的な環境を提供しました。実際に、中尾山地区にはかつて世界最大級とされた登り窯の跡が残り、当時の生産規模の大きさを今に伝えています。
加えて、周囲に広がる豊かな森林資源も、窯業の発展を支える大きな要因でした。磁器の焼成には大量の薪が必要であり、何世紀にもわたって薪が主要な燃料であり続けました。周囲の山々は、この燃料を安定的に供給する源泉となったのです。しかし、この豊富な資源は、時に隣接する他の窯業地との間で薪を巡る争いを引き起こす原因ともなりました。その結果、藩境を明確化するための傍示石が設置されるに至ったという記録も残っています。この土地の自然環境が、波佐見焼の生産基盤を形成した一方で、地域間の関係性にも影響を与えていたことがうかがえます。
