日本の伝統の髪型を支える櫛留商店、つげ櫛の歯に込められた職人の魔力
2026.03.27
日本の伝統の髪型を支える櫛留商店、つげ櫛の歯に込められた職人の魔力
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手作りのつげ櫛で、髪をとかしたことがある人は、どれほどいるだろうか。もしかすると、触ったことがない人がほとんどかもしれない。筆者はそうだった。名古屋城の北に工房を構える櫛留商店。ここで初めて、つげ櫛で髪をといてみた。端正に作り込まれたつげ櫛は、驚くほど髪になじみ、歯先がやわらかく頭皮を撫でるとともに、静電気による嫌な広がりを起こさない。そんなつげ櫛を作る、森さん親子を訪ねた。
PROFILE|プロフィール
左:森 信吾(もり しんご)、右:森 英明(もり ひであき)
左:森 信吾(もり しんご)、右:森 英明(もり ひであき)

森 信吾 櫛留商店 3代目
森 英明 櫛留商店 4代目

毎日2、3時間おきに約5年かけて乾燥

江戸時代、名古屋は徳川御三家筆頭の城下町として栄え、明治維新から現在までも、日本における三大都市圏の一角を担ってきた。多くの人と文物が行き交うこの町で、櫛留商店は120年にわたり櫛作りを続けてきた。現在は3代目に当たる信吾さんと、4代目となる息子の英明さんが、初代からの櫛作りの伝統を守っている。

「初代の出身は三重。同地で櫛作りの修業をしたのち、明治36年に名古屋へ出てきました。初めはお城のすぐそばにある樋の口町(名古屋市西区)に居を構えたのですが、空襲で焼け出されて、1年間ほど一宮(名古屋市の北)へ疎開。その後は、前の場所とも近いここ(名古屋市北区)に来ました」(信吾さん)

櫛留商店の手作業による櫛作りは、気が遠くなるほどの時間とこだわりが詰め込まれている。使う原木は国産のツゲ。高価だが、もっとも櫛に向いている素材だ。その原木を製材したのち、陰干しと燻しに約5年をかける。毎日2、3時間おきに木屑を燻し窯の中に加えながら、じっくりと燻製していく。息子の英明さんは「親子での旅行はできません。どちらかが行ったらどちらかは留守を守って、交代で行きます」と笑う。

工房の外にある窯を見せてくれた。中には真っ黒な板が並び、その板の間には白い煙が詰まっていた。扉を開けると白い煙は板から離れて、外気と混ざり合いながらふわりと私の前に流れ出てくる。「知らない人は真っさらな板の方が綺麗だと思うかもしれない。見たことないでしょう」と信吾さん。櫛留商店は、この燻製を丁寧に行うが、大量生産を目指す櫛屋の場合だと、1週間から10日くらいの燻しを1回行うだけだという。板に染み込んだ漆黒は月日と惜しまない労力の結晶である。