
1981年生まれ。2009年 実家の丸正織物工房に入社。
2016年 第90回 国展入選
2017年 第91回 国展入選
2018年 第92回 国展入選
2018年 琉球王国文化遺産集積・再興事業 『木綿紺地絣衣裳表地』制作
2019年 第93回 国展入選
2021年 第95回 国展入選
国画会 会友
琉球絣の産地、南風原で祖母・両親のもと研鑽を積む。今現在は受け継いだ伝統的な技法を 基盤としつつ、琉球絣の表現の幅を拡げながら、三代目として工房のさらなる展開を日々追求している。
丸正織物工房の歴史は、戦後の混乱期にまで遡る。大城さんの祖母と祖父が結婚し、湯のし(ゆのし)業を始めたことが起源だ。祖母は隣接する地域から嫁ぎ、小学校4年生の頃から織りに親しんでいたという。当初は産地内分業の一環として、他の工房の経糸(たていと)を巻く作業などを請け負っていたが、やがて自らも織機に向かうようになる。舞踊衣装を扱う店からの注文をきっかけに、本格的に織物工房としての歩みを始めた。
2代目である大城さんの両親も、組合活動や後進の指導に尽力しながら工房を守り続けてきた。しかし、大城さんが家業を継ぐことを申し出た際、周囲の反応は消極的だったという。
「僕が29歳の頃、東京から戻って『継ぎたい』と言ったら、親からは『やめておけ』と反対されました。当時はリーマンショックの影響もあり、業界全体が冷え込んでいた時期です。実際に家業だけで食べていける状況ではなく、早朝にアルバイトをして、午後から工房で仕事をするという生活が5年ほど続きました」
東京では表参道のアパレル店舗で勤務し、ファッションの最前線に身を置いていた大城さん。なぜ伝統工芸の世界に戻ったのか。その背景には、幼い頃から見てきた祖母の姿があった。
