「漆は子どもと同じ」化学塗料にはない“生きている”江戸漆芸の哲学
2026.01.19
「漆は子どもと同じ」化学塗料にはない“生きている”江戸漆芸の哲学
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東京都内で江戸漆器の伝統を守り続ける「漆芸中島」。一級漆器製造技能士でもある11代目当主・中島泰英さんは、60年にわたり漆と向き合い続けてきた。漆の上では、あらゆる菌が24時間で死滅する──。化学塗料が主流の現代で、なぜ手間とコストのかかる「本物の漆」にこだわり続けるのか。そこには、効率化とは対極にある“生きている”素材との対話と、江戸職人ならではの意外な生存戦略があった。
PROFILE|プロフィール
中島 泰英(なかじま やすひで)
中島 泰英(なかじま やすひで)

1943年東京都生まれ。希少な古材を使った、江戸八角箸の製造で知られている。中学卒業後、築地にある山形屋で漆芸を学ぶ。

18歳で家業の「漆芸中島」に戻り、以降漆塗りの椀や江戸八角箸、漆塗り家具などの製造に従事する。

81年、一級漆器製造技能士取得。86年には東京都知事賞を、96年には優秀技能章を受賞した。

60年の職人歴が語る「生きている」塗料の正体

作業場には独特の緊張感が漂っている。中島さんがヘラで漆を練る手つきは、長年の経験に裏打ちされた無駄のない動きだ。中島さんは、漆という素材の性質を「生きている」と表現する。

「漆がどのくらい優れているかというと、サルモネラ菌や大腸菌といったあらゆる菌を漆の上にのせると、そのほとんどが死滅してしまうわけです。24時間でね。他の塗料では菌が増えていくけれど、漆には殺菌作用がある」

かつて冷蔵庫のない時代に、重箱に入れたおせち料理が10日も持ったのは、この強力な殺菌作用によるものだ。

しかし、その優れた特性を引き出すためには、漆という「生き物」のご機嫌を伺うような繊細な扱いが求められる。特に乾燥の工程は一筋縄ではいかない。漆の硬化は化学変化によるものであり、水分と温度の条件が非常に大切になる。つまり、季節や天候によって乾き方が劇的に変化するのだ。

無理やり乾かそうとすれば失敗し、環境を整えてその特性を尊重してやれば素直に育つ。「漆は子どもと同じ。無理強いは禁物」。60年という歳月を漆と共に過ごしてきた中島さんの言葉には、素材をコントロールするのではなく、素材に寄り添う姿勢が滲み出ている。

湿度と温度を感じ取りながら、一瞬の気の緩みもなく漆を練り上げる
湿度と温度を感じ取りながら、一瞬の気の緩みもなく漆を練り上げる