

1982年生まれ。山梨県甲府市出身。「印伝の山本」3代目。大学で経営を学んだのち家業に入り、2018年に甲州印伝伝統工芸士(総合部門)を取得。伝統的な漆付け技術を継承しながら、デジタル化やコラボレーション、国産原材料の活用など革新にも取り組む。
江戸から地方を繋ぐ五街道のひとつ甲州街道を下り、江戸の中心から約100キロ。江戸からの人や物が豊かに行き来する山梨県甲府で育まれてきたのが甲州印伝だ。
「江戸幕府徳川5代までは家康の直系ですが、6代7代将軍は甲府藩出身。幕府の旗本が何度も江戸と往来するようになり、甲府は豊かに栄えていきました。甲州印伝は、お土産ものとして江戸の人々に愛されていたようです」
日本人が鹿革を活用したのは縄文時代までさかのぼる。戦国時代には甲冑などの素材に鹿革が使われた。その技術が江戸時代に転用され、甲州印伝の形になったのだという。
「名前の由来は諸説ありますが、インド伝来の略で、インドの製品を日本の漆と鹿革で真似したことが有力と言われています。最初は巾着やキセル入れでしたが、時代と共に変化して、明治以降は日本に入ってきた鞄や財布、がま口などを製作しました」
創業は1955年。初代の山本金之助さんは戦前に印伝職人として修業を重ねていたが、戦火が激しくなるにつれて、印伝を製作することが難しくなっていく。
「終戦4年前の1941年には、航空燃料のろ過に使うため鹿革を国に納めなくてはいけなくなりました。初代も、軍服や鞄の修理などを戦地で行う兵として徴兵されました」
初代が戦争から戻ってきたとき、空襲によって甲府はあたり一面焼け野原になっていた。甲州印伝の鞄の製作技術を生かして、子どもたちのランドセル製造をしたのちに、資金を貯めて、山本商店として会社を立ち上げたのだ。
