儀礼の象徴から自己表現のツールへ:伊予水引、役割の変遷を辿る
会員限定記事2026.03.19
儀礼の象徴から自己表現のツールへ:伊予水引、役割の変遷を辿る
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ご祝儀袋にかけられた紅白の飾り、あるいは荘厳な結納品。多くの人が「水引」と聞いて思い浮かべるのは、こうしたハレの日の記憶と結びついた、少しだけ格式高い姿かもしれません。
伝統的な儀礼や贈答文化が簡略化される現代において、水引は私たちの日常から少し遠い存在になったように感じられます。しかし、その役割は決して失われたわけではありません。私は今回の取材を通じて、水引が時代の変化にしなやかに呼応し、新たな形で現代の暮らしに溶け込んでいる姿を目の当たりにしました。本記事では、その役割の変遷を辿りながら、伝統工芸が持つ未来への可能性について考えてみたいと思います。

時代が求める「結び」の形を比較する

水引が果たしてきた役割の変遷を理解するために、本記事では2つの大きな軸でその使われ方を比較します。一つは、社会的な決め事や様式の中で用いられてきた「伝統的役割」。もう一つは、個人の価値観や美意識を反映する「現代的役割」です。この2つの側面を比較することで、水引という工芸が持つ本質的な価値と、時代を超えて人々を惹きつける魅力の源泉が見えてきます。

社会のルールを伝える「様式の美」

水引の起源は、飛鳥時代に遣隋使が持ち帰った贈答品に、紅白の麻紐が結ばれていたことに遡るとされています。以来、贈り物に紐を結ぶという行為は、相手への敬意や真心を伝えるための重要な文化として定着しました。

江戸時代には、伊予の地で武士が髷(まげ)を結うための実用的な紙紐「元結(もとゆい)」の製造が藩の奨励によって始まり、これが伊予水引の直接的なルーツとなります。この元結は、武士という特定の身分の人々にとって、自身のアイデンティティを示すための日常的な必需品でした。

明治時代に入り、断髪令によって元結の需要が激減すると、作り手たちはその技術を装飾用の水引製造へと転換させました。これが、現代に繋がる水引産業の大きな転換点です。特に戦後の高度経済成長期には、冠婚葬祭の儀礼が一般家庭に広く浸透し、水引は社会的な「作法」を正しく遂行するための不可欠な道具として、その需要の最盛期を迎えます。

この時代の水引の使われ方は、個人の好みよりも「社会的な正しさ」が優先されていました。婚礼には二度と繰り返さないことを意味する「結び切り」を、出産祝いなど何度あっても良い祝い事には「蝶結び」を用いるといった厳格なルールが存在します。色も慶事には紅白や金銀、弔事には黒白や双銀といった使い分けが定められています。鶴や亀、松竹梅といった縁起の良いモチーフが添えられた豪華な結納品は、その代表例です。

このように伝統的な文脈における水引は、社会という共同体の中で人々が円滑な人間関係を築くための、共通言語や記号としての役割を担っていました。それは、決められた様式の中で、贈り手の気持ちを正確に、そして美しく伝えるための洗練されたコミュニケーションツールだったのです。


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