信楽焼の個性を語る上で、すべての原点となるのが信楽焼のもととなる「土」です。信楽の地で採れる粘土は、約400万年も前に信楽が巨大な湖の底であったときの堆積物から生まれたものです。琵琶湖の前身である「古琵琶湖」の湖底に、土砂や動植物の遺骸がゆっくりと積もって形成された地層、これを古琵琶湖層群(こびわこそうぐん)と呼びます。この地層から採れる粘土は、焼き物を作る上で理想的な性質をいくつも備えていました。
特に興味深いのは、粘土が持つ2つの相反する特性です。1つは、細かな粒子を多く含み、ろくろで形を作る際に扱いやすい「可塑性(かそせい、粘り気のこと)」の高さ。そしてもう1つは、高温の炎に耐え、大きな作品でも形が崩れにくい「耐火性(たいかせい)」の強さです。この2つを両立させる良質な土が豊富に存在したことこそ、信楽が日本を代表する窯業地として発展した最大の理由と言えるでしょう。
さらに、信楽は古くから京都や奈良といった文化の中心地と東海地方を結ぶ交通の要衝に位置していました。この地理的な利点が、先進的な技術や情報の流入を促し、また完成した製品を大消費地へ送り出す上でも有利に働いたのです。そして、伝統的な薪窯(まきがま)を焚き続けるために不可欠な、豊かな森林資源にも恵まれていました。信楽焼は、単なる偶然ではなく、地質学的な奇跡と、地理的、文化的な要因が複雑に絡み合うことで、この地に根付いた必然の工芸だったのです。