なぜこの地で焼き物は栄えたのか? 湖の記憶と文化が育んだ産地の秘密に迫る
会員限定記事2026.01.20
なぜこの地で焼き物は栄えたのか? 湖の記憶と文化が育んだ産地の秘密に迫る
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信楽焼と聞いて、多くの人が愛嬌のある狸の置物を思い浮かべるかもしれません。しかし、その器を一つ手に取ってみると、ざらりとした土の力強い感触や、炎が描いた唯一無二の模様に、もっと奥深い世界が広がっていることに気づかされます。信楽焼の魅力を探るなかで浮かんだのは、なぜこの山間の静かな地が、800年以上にわたって日本の主要な焼き物の産地であり続けられたのか、という問いでした。
一つの工芸がこれほど長く続く背景には、単なる技術の継承だけではない、その土地ならではの特別な理由があるはずです。この記事では、その素朴な疑問を起点に、信楽という土地の成り立ちと、そこに暮らす人々の文化が、いかにして信楽焼という工芸を育んできたのか、その秘密に迫ります。

すべての始まり、大地に眠る「湖の記憶」

信楽焼の個性を語る上で、欠かすことのできない要素が、その原料となる良質な粘土です。この粘土は、今から約400万年前にこの地にあった巨大な湖、現在の琵琶湖の前身である「古琵琶湖」の湖底に堆積した地層から採掘されます。この地層は「古琵琶湖層群(こびわこそうぐん)」と呼ばれ、悠久の時をかけて積もった土砂や動植物の遺骸が、焼き物に最適な粘土層を形成したのです。

信楽の土は、成形しやすく、かつ火に強いという、相反する性質を高いレベルで両立させています。これは、非常にきめ細かく粘り気の強い「木節粘土(きぶしねんど)」や、石英や長石の粗い粒子を含み高温に耐える「蛙目粘土(がいろめねんど)」といった、性質の異なる複数の粘土が同じ地層から採れるためです。職人たちはこれらの土を、作るものの大きさや求める風合いに応じて絶妙に配合することで、大きな壺(つぼ)から繊細な器まで、多種多様な造形を可能にしてきました。

興味深いのは信楽焼の美しさが、この古琵琶湖層という大地の記憶そのものが炎によって表面に現れたものである、という点です。たとえば、信楽焼の代名詞ともいえる温かい「火色(ひいろ)」は、土に含まれる鉄分が窯の中で燃焼することで生まれます。また、表面に見られる白い粒状の「石ハゼ(いしはぜ)」や、薪の灰が溶けて緑色のガラス質になった「ビードロ釉(ゆう)」は、蛙目粘土に含まれる長石の粒がもたらす「景色」です。信楽焼に見出される「わび・さび」とは、土という素材自体が内包するポテンシャルが、炎と交わることで自ずと現れる美しさなのです。つまり、信楽という土地の地質学的な恩恵こそが、他のどの産地とも異なる信楽焼のアイデンティティを形成していると言えるでしょう。

きめ細かく、滑らかな信楽の粘土(左:成形後、右:成形前)
きめ細かく、滑らかな信楽の粘土(左:成形後、右:成形前)

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