職人技の深層へ:1枚の鋼が“切れる”道具に変わる瞬間
2025.08.13
職人技の深層へ:1枚の鋼が“切れる”道具に変わる瞬間
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先日、ある工房を訪れた際、私はただ黙ってその場に立ち尽くすことしかできませんでした。
炎が上がり、火の粉が舞い、リズミカルに響き渡る鎚(つち)の音。1枚の鋼板が、職人の手によって徐々にその姿を変えていく光景は、普段私たちが使う「道具」という言葉の裏に、どれほどの時間と技術が凝縮されているのかを雄弁に物語っていました。
この記事では、400年以上の歴史を持つ土佐打刃物が、どのような工程を経て私たちのもとに届けられるのか、その全貌を探っていきます。

まず知りたい2つの特徴。「一貫生産」と「割込構造」

土佐打刃物の製造工程を理解する上で、まず知っておくべき2つの大きな特徴があります。

1つは、1人の職人がほぼ全ての工程を手掛ける「一貫生産体制」です。多くの刃物産地が鍛造(たんぞう)、刃付け、柄付けといった作業を分業するのに対し、土佐では職人一人一人が総合的な技術を習得し、最初から最後まで責任を持って1つの製品を作り上げます。

もう1つは「割込(わりこみ)」と呼ばれる、刃物の構造に関する伝統技法です。これは、刃物の切れ味を司る硬い「鋼(はがね)」を、衝撃を吸収する柔らかい「地金(じがね)」で挟み込む構造を指します。

単一の金属では両立が難しい、鋭い切れ味を保つための「硬度」と、使用時の衝撃で欠けたり折れたりしないための「靭性(粘り)」を、異素材の組み合わせによって実現しています。

この2つの特徴が、土佐打刃物の品質と個性を支える基盤となっています。

【工程1:鍛接】鋼と地金の出会い。刃物の土台を作る技術

刃物作りは、燃料となる松炭を均一の大きさに砕く「炭切り」から始まります。安定した火力を得るための重要な準備であり、熟練を要する作業とされます。

次に、製品の心臓部となる材料を選びます。刃先になる高炭素鋼の「鋼」と、本体となる低炭素鋼の「地金」です。鋼にはプロテリアル(旧日立金属)が製造する安来鋼(やすきはがね)などが用いられ、その中でも切れ味が長持ちする青紙鋼(あおがみこう)や、鋭い刃がつく白紙鋼(しろかみこう)などが製品の用途に応じて選択されます。

材料の準備が整うと、いよいよ2つの異なる金属を1つにする「鍛接(たんせつ)」という工程に入ります。

まず、地金を約1000℃に熱し、タガネで切れ込みを入れ、そこに鋼を挟み込みます。そして、接合を促すための融剤(フラックス)としてホウ砂などを振りかけ、再び炉で加熱します。

職人は火の色や飛び散る火花の様子で、鋼と地金が完全に一体化する瞬間を見極めます。この「沸かし」と呼ばれるタイミングを正確に捉え、ベルトハンマーと呼ばれる機械鎚で一気に叩き、原子レベルで2つの金属を圧着させます。

この工程は刃物の基本構造を決定づける極めて重要な段階です。

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