若狭めのう細工の制作は、原石を選ぶ「検石(けんせき)」という工程から始まります。これは単に材料を選ぶ作業ではなく、これから生み出す作品の運命を決定づける、石との静かな対話とも言える重要な段階です。
職人は、一つひとつの瑪瑙(めのう)の原石を手に取り、その色合いや縞模様の流れを注意深く観察します。しかし、重要視されるのは表面の美しさだけではありません。光にかざしたり、水に濡らしたりしながら、石の内部に隠された亀裂や、目に見えない空洞の有無を見極めていきます。もし内部に傷があれば、後の工程で熱を加えたり、力を加えたりした際に、そこから割れてしまう可能性があるためです。
この検石によって、それぞれの石が持つ個性と可能性が読み解かれます。たとえば、内部まで均質で傷のない良質な石は、動物などをかたどる精緻な彫刻が施される置物用に。
一方、特徴的な縞模様を持つ石は、その模様をデザインとして活かせるアクセサリーへなどと、その用途が振り分けられていきます。職人の長年の経験と鋭い観察眼が、石が秘めたポテンシャルを最大限に引き出すための最初の鍵となるのです。
検石で定められた用途に基づき、いよいよ原石に手を入れていきます。「大切り(おおぎり)」は、作品のおおよその大きさに合わせて、硬い瑪瑙の原石を切断する工程です。
少し専門的な話になりますが、鉱物の硬さを示す尺度にモース硬度というものがあります。鋼鉄のナイフの硬さが5.5程度であるのに対し、瑪瑙は7という非常に高い硬度を誇ります。
そのため、専用の切断機を用いても、この作業には多大な時間と労力を要します。柔らかい木材を切り出すのとは全く異なり、硬質な石を正確に、かつ無駄なく切り分けるためには、地道で根気のいる作業が求められるのです。ここで切り出された石の塊が、これから長い旅路を経て、一つの作品へと姿を変えていく原型となります。