Human Material Loop(ヒューマン・マテリアル・ループ)は「テキスタイル産業に革命を起こすこと」を使命に、2021年に設立されたアムステルダムのスタートアップだ。
同社は提携先の美容室から廃棄された人の髪の毛を回収、加工し、高性能な糸とテキスタイルを開発する。毛髪は産業革命以前は靴下や靴などの繊維製品やロープなどに活用されていたものの、それ以後は素材として使われなくなった歴史を持つ。
しかし、毛髪は動物性のウールと似通った性質を持つことから、創業者のZsofia Kollar(ゾフィア・コラー)は、毛髪がテキスタイル産業を取り巻く問題に取り組むポジティブな可能性を持っていると考えているそうだ。今回、創業者のゾフィアに同社の設立背景と毛髪のイノベーションについてインタビューを行った。
私はコンセプチュアル・デザインの背景を持っており、特定素材に対する視点や認識を変えることを目的にデザイン活動を行っています。リサーチをしているうちに、毛髪にとても魅了され、毛髪がいかに世界のあらゆる地域の文化の一部であるかを認識しました。しかし、私たちは素材としての毛髪を拒絶してきました。
そこで、この認識を改め、繊維産業に素材として利用してもらうためにはどうしたらいいかを考えるようになりました。毛髪について調べれば調べるほど、繊維産業の汚染に取り組む毛髪の活用に焦点をあてた会社を創ることはとても理に適っていると考え始めたのです。
人間の髪の毛が持つ文化的な影響力、そして私たちがいかに髪の毛を大切に扱っているかということに魅力を感じたことがきっかけです。しかし、美容院で髪を切った途端に、髪の毛は床に落ちている廃材になります。ですから、一度切った髪の毛の価値観をどう変えられるのかを考えるようになりました。
さらに、私は旧ソ連の国、ハンガリーで育ちました。そこでは、女性は 美しさやかわいらしさを基準に扱われます。そして、髪は常に美しくなければならず、女性として認識されるためには長い髪を持たなければならない。そこで、その常識を覆すにはどうしたらいいかと考え、取り組み始めたのです。
基本的にはウールに近いです。まず素材を洗い、それを紡いで糸にし、デザイナーがそれを編んでセーターにするといった流れです。
アイスランドウールのようなざっくりとした感触があった昨年のモデルに比べ、今回はソフトな印象になりました。また、そもそも目的としてはいませんでしたが、色がより均一となっており、今回は違う表情が出ています。
多くのヘアサロンが閉店していたため、髪の毛を集めて実験を行うことが叶いませんでした。しかし、その一方で、研究に多くの時間をかけ、しっかりとした基盤を作ること ができたのも事実です。
ですから、パンデミックの規制が緩和されてから、研究結果を踏まえた実験に取り掛かることができたのです。どんな状況でもプラスとマイナスがあるとは思いますが、私たちはパンデミックによって、より膨大なリサーチをすることができました。
既存のウールと人間の髪の毛は、どちらもケラチンタンパク質の繊維であり、その性質に違いはほとんどありません。髪の毛は、紡ぎ方次第で細くしたり太くしたりすることができます。
例えば髪の毛は、ウールよりも直径が太く、小さな毛が飛び出しているような感じで、柔らかいアルパカよりも少し荒い印象があり、現在毛髪を柔らかくするよう開発を進めています。考えられるウールと毛髪の主な違いは、ウールにはウール生産の発展を支えた何世紀にもわたる伝統と産業の蓄積があり、髪の毛にはまだ無いということです。
特にありません。しかし、アジア市場に進出しそこで廃棄された髪の毛を使い始めると、アジアの毛髪はヨーロッパの毛髪とは少し異なるので、毛髪の処理や洗浄に多少の違いが出てくるはずです。ですから、多少の調整が必要になると考えられますが、ほとんどは同じでしょう。
さらに色に関しては、タンパク質の色を構造的にどう変えるかというプロセスになっています。通常、髪の色は外側の層で保護されており、色を変えようと思ったら、その層の下に潜り込む必要があります。
繊維産業の二酸化炭素排出の要因は、栽培・収穫・土壌の使用によるものですが、髪の毛を利用することはそれらをすべて断ち切ることになります。ですから、毛髪を利用することは、農薬を必要とせず、土壌を劣化させず、水を汚染せず、カットされるまで各個人が面倒を見ます。つまり合計すると、繊維産業全般の素材工程で作られる公害やエネルギーの約70%の削減が可能になります。
それから、毛髪はウールと比較すると、ほとんどすぐに手に入る素材なので、加工もかなり少なくて済みます。ウールの場合、毛を刈った後、汚染を引き起こす膨大な洗浄工程を経てきれいにしなければなりませんが、毛髪の場合それは必要ありません。
さらに、よく「毛髪はきれいか」という質問を受けますが、それは、いいウールのセーターを着ていても、それがどのように作られたかをすっかり忘れてしまうように、私たちがいかにあらゆる素材から遠ざかっているかを反映していると考えています。例えば羊と言われたら、誰もが野原を元気に走るフカフカの羊を想像しますが、彼らは一生の大半をケージに入れられ、土と糞にまみれながら生きているのです。しかも、毛刈りは羊にとって気持ちのいい作業ではない。
その点、毛髪は残酷な加工を必要とせず、例えば、誰かがヘアサロンに行き、素敵な髪型にしてもらうと同時に、私たちはその廃棄物を繊維製品に利用するというウィンウィンの関係を実現することができるのです。
現在、15店舗のサロンでパイロットモデルを展開しながら、データベース管理をマネジメント会社に引き継ぎました。また工場では常にテストや開発を行っていますので、ゆっくりですが着実に進んでいると言えますね。
工場とのコミュニケーションは、私たちと一緒に仕事をすることに納得してもらうために、最も困難なことの一つだったとも言えます。繊維産業は非常に伝統的で保守的なため、伝統的な工場は変化し、新しいものを試すことをあまり行いません。
今思えば、同じビジョンを持ち、実験と革新に熱心な人を見つけるのは大変であったようにも思います。これまでに工場から何度も断られましたが、今は自分たちの居場所を見つけたと、かなり満足しています。この経験から、私は、イノベーションを起こそうとする人には、どんどん挑戦してほしいと思っています。そうすれば、いつかは壁が壊れ、必ずうまくいくはずだからです。
現在、オランダのすべてのヘアサロンとインフラを構築中です。そして今後、他の国にも展開していく予定です。原料を回収するためには、カーボンニュートラルな自転車が使われ、一度原料が集まったら、テキスタイルの生産に入りますが、これは他のテキスタイルと同じような生産プロセスを踏むことになります。
生産中に毛の廃棄が出ますが、私たちはすでにその活用法も見つけています。つまり、廃棄物からスタートする、まったく無駄のないプロセスを構想しているのです。
産業革命以前は、資源を無駄にしないために、人毛を使うことはごく普通のことでした。例えば、人毛で靴下や、馬を繋ぐ縄を作っていました。つまり、実際に使われていたわけですが、より多くの素材が出てくると、人々は特定の素材や身の回りにあるものを利用することを忘れていったのです。
人毛が実際に使われていたことを物語るものの中に、1800年代頃、髪の毛を集めると幸運が訪れると信じられていたという話があります。人々は村から村へと歩いて、側溝や下水に溜まった髪の毛を集めました。同じ頃、ローマ法王のためにマントを作る取り組みがいくつか行われており、村の女性はマントへ自分の髪の毛を利用してもらおうと切っていたのですが、実際にはパリの貴族やブルジョアジーのヘアーエクステンションとして使われていたという話もあります。つまり、毛髪は利用されていたのです。
しかし、産業革命によって、素材に対する認識がかなり変わりました。綿花の生産が主流になり、アジアや東南アジアにアウトソーシングされるものが増え、さらに人々は動物や羊のような無垢な素材を搾取することを考えたのです。
私たちがこの地球上のすべてのものの上に立つと思えば思うほど、私たちは自然の一部であり、自然と協力する必要があることを忘れてしまうのではないかと思います。たとえ技術が進歩しても、私たちはこの生態系の一部であることに変わりはないのです。
ですから私たちHuman Material Loopは、私たち人間は生態系の一部であり、生態系の上にいるのではないことをモットーにいれています。なぜなら、ここはひとつの惑星、ひとつの生態系であり、私たちがその一部であることを否定することはできないからです。
現在、経済全体が成長率に基づいており、不況ショックを避けるために現在の成長を維持するための解決策がグリーン成長であるという誤った信念があります。現在の仕組みを維持するには、地球と人々に代償を払わなければなりません。
そして、従来の経済成長は、この地球の多くを汚染し、破壊するような成長を必要とするため、もう維持することができないのです。人々は、持続可能な技術革新によるグリーン成長によって、この成長を維持できると信じています。しかし、私の考えでは、それはおとぎ話のようなものであり、私たちに必要なのは根本的な変化であると思います。
しかし、私たちは今、大きな変化に直面していると思います。パンデミック以降、より多くの人が「今、やらなければならないことだ」と理解し始めました。パンデミック前にこのプロジェクトを提案したときは、リアルでインパクトのあるアイデアとして理解されず、多くの人に拒否されました。しかし、パンデミックは、ラディカルなアイデアの必要性と理解を促しました。ですから私は、パンデミックが私たちの意識に変化をもたらすために起こる必要があったのだと思っています。
私たちが生きている間に、いつ世界が壊れるかわからないということに気づけば、どの産業も遠くからの輸送に頼らないように、地元の素材をベースにした地域経済が必要だと、人々の意識が変わっていくはずです。そして、毛髪はどこでもローカルに調達できるため素材として受け入れられていくと考えられます。
また、人口が増えれば増えるほど、地球上の全人口を養うための食料が必要になってきます。例えば、羊を飼っている土地や綿花畑は、次の世代への食糧供給を維持するため、食糧生産に回す必要があります。もし、全世界の羊毛生産の20%を人間の髪の毛で賄うことができれば、もっともっと食料を増やすことができますし、綿花を植えない、羊毛を生産しないことでどれだけ炭素排出量を削減できるかは言うに及ばずでしょう。
3年後には国際的に施設をいくつか設立し、人間の髪の毛からテキスタイルを生産する体制を整えたいと考えています。さらに5年以内には、人毛でつくられた衣服を他の製品と同じように普通に着られるようにしたいですね。そのためにまず3年後には、その目標に向けて大きく前進したいと考えています。
そして、さらなるコラボレーションを計画しており、2022年末に向けて、多くのことが実現される予定です。他方で、教育活動も行っており、毛髪の歴史や業界全般に関する授業を行ったり、ドキュメンタリーの制作に取り組んだりしています。
私たちの最大の目標は、繊維業界にイノベーションを起こし、革命を起こすことであり、同時に、人々の教育も行いたいと考えています。ほとんどの人は、自分の気持ちが満たされ、かわいくて、値段 が手ごろで、かっこいいラベルやロゴがあれば、服が何でできているかなんて気にも留めないものです。
だから、誰が、どのように服を作ったかということ、海外のスウェットショップや廃棄物などの事実を明らかにしていくことが、今の世の中の生き方や私たちの行動の結果について考えさせるきっかけに繋がっていくのではないでしょうか。
Text by Hanako Hirata