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2022.12.09

「高級」だけでは不十分? ラグジュアリー産業の「夢づくり」マーケティング(ピエール=イヴ・ドンゼ)

芸能人やインフルエンサーが高級時計を身につけ、ハイブランドの服をまとっている姿に憧れを持つ人も多いだろう。いつかは同じものを手に入れたいと思ったことは、一度だけではないはずだ。
だが、冷静に考えてほしい。自分が持っている時計と高級時計を比べたとき、刻む時間の速さが異なるだろうか。服も同じで、ブランドのタグを取ってしまえばハイブランドとわからないのではないか。
しかし、それでも私たちがラグジュアリー・ブランドに憧れを持ってしまうのは、なぜなのか。
今回、大阪大学のピエール=イヴ・ドンゼ教授に、ラグジュアリー産業のマーケティング戦略やその魅力について伺った。
PROFILE|プロフィール
ピエール=イヴ・ドンゼ(Pierre-Yves Donzé)
ピエール=イヴ・ドンゼ(Pierre-Yves Donzé)

大阪大学大学院経済学研究科教授。
スイス生まれ、ヌーシャテル大学人文学部卒業、同学にてPhD in human sciences (history)。京都大学白眉センター特定准教授ほかを経て、2015年大阪大学大学院経済学研究科准教授、2016年より現職。専門はグローバル経営史であり、時計産業、ラグジュアリー、ファッションなどについて多数の論文と書籍。最新出版は『ラグジュアリー産業―急成長の秘密―』(有斐閣、2022年)。HP:https://sites.google.com/view/donze/home

皆が憧れる「ラグジュアリー産業」とは

はじめに、これまでの研究を教えて下さい。
私は経営史を研究しており、企業の活動を50年100年といった長期的なスパンで分析しています。
ラグジュアリー産業を専門にしており、ブランドを運営する企業はどういう組織なのか、どのように企業はグローバル化していくのか、その企業のブランド・ポートフォリオがどうなっているのか、などに焦点を当てています。
最初の研究は、スウォッチ・グループについてでした。低価格なものから高級時計のブレゲまで、さまざまなブランドを揃えている企業ですが、多くのブランドを持つことにどういう利点があるのかが非常に気になったのです。
その成果は、『「機械式時計」という名のラグジュアリー戦略』(世界文化社、2014年)にまとめています。
最近は、時計以外にもアクセサリーやファッションの研究に力を入れています。
ご専門の「ラグジュアリー産業」とは、どのように定義できますか。
産業を定義する場合、一般的には商品や製品によって定義できます。たとえば自動車産業なら、製造にしても販売にしても「自動車」が中心にありますよね。
では、ラグジュアリー産業はどうでしょう。特定の商品を想像することは難しいと思います。なぜなら、「ラグジュアリー」は商品や製品によって定義できるわけではないからです。そこで「マーケティング・セグメント」として理解する必要があります。
そうすると、すべての産業に最高級の商品を扱うセグメントがあることに気づきます。たとえば、トヨタのレクサス、SEIKOのグランドセイコーなどが挙げられます。これらは同じ企業の商品のなかでも、別ブランドとして区別されます。
そうした各産業の高級商品を合わせて、「ラグジュアリー産業」と呼んでいます。
「ラグジュアリー=高級」と考えても良いですか。
高級だからラグジュアリーであるとは、一概には言えません。それはブランド戦略からも明らかです。
ブランドの価値を高めるためには、3つのマーケティングがあると言われています。それぞれ「ファッション」「プレミアム」「ラグジュアリー」です。
「ファッション」はデザインやモデルの循環が速く、それが魅力の1つになります。常に最新のものがほしいという刺激を掻き立てるわけです。
また「プレミアム」は高価なものが多いですが、それには明確な理由があります。特別な素材を使っていたり、素晴らしいエンジニアリングがあったり、十分なオプションが設定されていたりします。
それに対して「ラグジュアリー」は、言ってしまえば「夢づくり」です。商品のデザインに変化があるわけでもなく、また高価な理由も合理的に説明することができません。それにも関わらず、「この商品がほしい」「いつか買いたい」という思いを起こさせるのです。
そのため、単に高級というだけでなく、それを所有した自分を想像するなどの夢を見させてくれる商品。それがラグジュアリー商品となります。
ラグジュアリー商品の魅力とは何でしょう。
ラグジュアリー商品を手に入れることは、「社会的ステータスを手にする」ことと同義になります。社会のなかで、「自分は特別だ」と他人と区別される記号になる。それがラグジュアリー商品の魅力ですし、企業もそうしたイメージ戦略を打ち出しています。
とはいえ、大きなビジネスを展開すると考えたときに、お金持ちの人だけを相手にしていては成り立ちません。中間層にもアプローチする必要が出てきます。
そのときにも、「夢」が重要な役割を担っています。多くの人が、ラグジュアリー商品に憧れ、それを所有する人に羨望の眼差しを向けます。自分も同じブランドのものを身につけたいと思うようになるでしょう。
ですから、同ブランドでも比較的安価に購入できるアクセサリーや化粧品の拡充が重要になってきます。夢づくりとマスマーケットという2つの軸が、ラグジュアリー産業の根底にあります。
シャネル(ドンゼ撮影、2022年)
シャネル(ドンゼ撮影、2022年)
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