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雨の日だけじゃない、100年の防水技術を街の日常へ——石川の老舗・前垣が挑む新たなレインウエア「KENROKU」
「雨の日に仕方なく羽織る」というレインウエアの常識に対し、同社はなぜあえて「晴れの日も着たくなる」一着を目指したのか。
この記事では、株式会社前垣の佐越直樹氏への取材から、100年以上の歴史で培われた技術を背景に、新たな価値創造に挑んだ開発思想を紐解く。
PROFILE

佐越 直樹(さごし なおき)
株式会社前垣
入社以来25年以上にわたり数々のスポーツ・アウトドアウエアのOEMやワーキングウエア、ユニフォームのレインウエア開発を担当。幼いころから自転車通学や登山などでレインウエアとの関わりが多い。
次の100年を見据えた、老舗メーカーの挑戦
石川県金沢市に拠点を置く前垣は、1914年の創業以来、100年以上にわたって防水製品と向き合ってきた専門メーカーだ。創業当時は、布に油を塗って防水性を持たせたシートなどを製造。時代の移り変わりとともに、レインウエアの製造へと事業をシフトさせ、アウトドアブランドやユニフォームメーカーの製品などを手がけるOEM(相手先ブランドによる生産)を主力事業として成長を遂げてきた。
長年、他社ブランドの製品製造を通じて技術を磨いてきた同社に転機が訪れたのは、創業100周年を迎えた2014年頃のことだった。これまでの100年で培った技術力という資産を、次の100年へとどう繋いでいくか。社内で議論が重ねられた。
「次の100年のために、何か自分たちの強みを生かした新しい事業をやりたい、という機運が社内にありました。その中で、やはり自分たちの原点である防水技術を生かしたものづくりを、自社ブランドでやろう、ということになったのです」
佐越さんはそう語る。OEM事業は順調だったものの、受注の波によって工場の稼働が不安定になるという課題も抱えていた。自社ブランドの立ち上げは、経営基盤を安定させる狙いもあった。そして2020年、満を持してオリジナルブランド「F/ACSION(ファクション)」の始動に至る。

アウトドアウエアの常識を覆す、街のためのデザイン
F/ACSIONが掲げたのは、「都市で暮らす人のためのレインウエア」というコンセプト。開発当時、高機能な防水ウエア市場はアウトドアブランドの独壇場だったが、佐越さんはそこに都市生活者とのズレを感じていたという。「アウトドアブランドのウエアは、山で着ることを前提に作られているので、どうしてもカラーリングが派手だったり、スペック重視で生地が硬かったりします。私たちは、完全に街で着ることを前提に、普段着として違和感のないものづくりを目指しました」
F/ACSIONの代表的なモデルであるレインコート「KENROKU」は、まさにその思想を体現している。デザインはあくまでミニマル。スーツの上にも羽織れるような、洗練されたシルエットが特徴だ。流行を追いかけるのではなく、何年経っても色褪せない「定番」となることを目指した。

「流行に囚われてしまうと、5年後にはもう着られないデザインになりかねません。そうではなく、ずっと着続けられるような普遍的なデザインを心がけました」
さらに、性別を問わず着用できるユニセックス仕様であることに加え、一般的なアパレル製品よりも多い6サイズを展開。あらゆる人がジャストサイズで着られるよう配慮されている。一過性のトレンドとは一線を画す、静かで誠実な佇まいを体現しているのだ。

快適性の鍵を握るオリジナル素材「BARRIER EFFECT.」
街に溶け込むデザインと並んでF/ACSIONが徹底的にこだわったのが、素材だ。KENROKUには、ブランド専用に開発されたオリジナル素材「BARRIER EFFECT.(バリアエフェクト)」が採用されている。目指したのは、「高い透湿性」「ストレッチ性」、そして「しなやかな風合い」を同時に実現することだ。「従来のレインウエアは、防水性を高めると生地が硬くゴワゴワしがちでした。普段着として快適に着るためには、その違和感をなくす必要がありました」と佐越氏は振り返る。

BARRIER EFFECT.は、撥水性のある表地、防水と透湿の機能を担う特殊なフィルム、そして肌触りを良くする裏地の3層を貼り合わせた「スリーレイヤー素材」だ。この構造自体は珍しいものではないが、前垣の技術が光るのはその接着方法にある。接着剤を工夫することで、層を重ねても生地本来のしなやかさと伸縮性を損なわない、柔らかな風合いを実現した。専門メーカーならではの知見と技術が、製品の価値をさらに高めている。


日常の“あったらうれしい”を形にする、細やかな機能性
KENROKUには、都市生活のさまざまなシーンを想定した細やかな工夫が凝らされている。たとえば、フードは襟元に収納できる仕様だ。雨が降っていても、傘をさせばフードが不要になることも多い街中での利用を考えた設計である。
さらに、左側のポケットを裏返すと、ウエア全体をコンパクトに収納できる「パッカブル仕様」も備える。これにより、鞄の中に忍ばせておけば、急な天候の変化にもスマートに対応できる。

興味深いのは、製品に備わったUVカット機能の誕生秘話だ。これは当初から意図していたものではなく、偶然の発見から生まれたものだった。
「生地メーカーさんと話しているなかで、光を通さない生地ほどUVカット効果が高いと聞きまして。それならうちの防水生地も効果があるのでは? と調べてみたら、実際に高い効果が確認できたんです」
雨の日のための機能を追求した結果、期せずして晴れの日にも役立つ価値が生まれた。

専門メーカーだから実現できた、価格以上の価値
高い機能性と洗練されたデザインを両立しながら、KENROKUは多くの人にとって手の届きやすい価格を実現している。購入者からは「軽い」「動きやすい」といった機能面への評価に加え、「この品質でこの価格は安い」という驚きの声が頻繁に寄せられるという。その背景には、自社で工場を保有し、素材調達から縫製まで一貫して手がける前垣ならではの強みがある。佐越さんによれば、自社一貫生産によって外部工場への委託時に発生する中間コストを削減できるため、高い品質と適正な価格を両立できるのだ。

品質に妥協することなく、適正な価格で届ける。100年以上にわたりものづくりと向き合ってきた企業だからこその誠実さが、製品への信頼を支えている。
「雨の日が楽しみになる」レインウエアを目指して
F/ACSIONの挑戦は、まだ始まったばかりだ。佐越さんは、レインウエアが持つイメージそのものを変えていきたいと語る。「雨の日は、どうしても少し憂鬱な気分になりますよね。レインウエアも、仕方なく着るネガティブなイメージが強い。私たちのウエアを通して、『雨だけど、これを着るのが少しうれしい』と感じてもらえるような、ポジティブな存在に変えていきたいんです」
自社工場を持ち、顧客の声をダイレクトに製品開発に生かせる環境は、同社の大きな強みだ。雨と向き合い続けてきた100年の知見を礎に、前垣はこれからも、人々の日常をより快適で、少しだけ豊かにするものづくりを続けていく。
Text by Maho Ueda(altair inc.)







