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野方の迷宮に潜む古着屋「吊り橋ピュン」:脳を刺激する、90年代カルチャーの宝庫

2025.10.15
西武新宿線・野方駅近くに、戦後の闇市から続くディープな「野方文化マーケット」がある。その迷宮の一角でひときわ異彩を放つのが、古着屋「吊り橋ピュン」だ。
店主サトルさんが“今の気分”で集めた90年代のバンドTシャツや平成アイドルグッズは、ただ懐かしいだけではないユーモアと熱気に満ちている。
一度聞いたら忘れられない店名の由来から、サトルさんのカルチャー観まで。クセになる古着屋の奥深い世界を掘り下げていく。

PROFILE

サトル

吊り橋ピュン 店主

野方文化マーケットの迷宮と、異彩を放つ『吊り橋ピュン』

一瞬、足を踏み入れるのをためらってしまうほど、ディープな空気が漂う「野方文化マーケット」。細い通路にはおでん屋や居酒屋など、一癖も二癖もある店がひしめき合い、独特の熱気と混沌が渦巻いている。のんびりとした野方の街に突如現れるその佇まいは、まるで過去にタイムスリップしてきたかのような不思議なオーラを放っている。
近年、アンダーグラウンドなスポットとして若者からも注目を集めるこの場所で、なぜ店を開いたのか。その答えには、意外にも「中野ロープウェイ」のイトウさんが深く関わっていた。
「もともと、『中野ロープウェイ』のイトウさんにはお世話になっていて、一緒にバンドを組んだりサウナに行ったりする仲なんです。
ある日、サウナでイトウさんが『サトル、人生一度きりだから、好きなことをやったほうがいい』と。さらに、『古着に詳しいんだから、古着屋をやればいいんだよ』と背中を押してくれたんです。
ちょうどサウナで体がほてっていたこともあって、勢いで『じゃあ、やってみますか』と答えてしまって。イトウさんはタイでの買い付け経験もあったので、『タイにはバンドTもたくさんあるから、一緒に行こうよ』と誘ってくれたのが、お店を始める直接のきっかけです」
「吊り橋ピュン」というユニークな店名にも、意外な由来がある。語感の良さが印象的なこの名前は、タイへの買い付け旅行の最中に生まれたものだ。
タイで、サトルさんとイトウさんは、1台のバイクタクシーに相乗りすることになった。体格の良い男2人が乗ったバイクは小回りが利かず、前方のイカ売りバイクに激突。サトルさんは道路に投げ出され、車に轢かれそうになる。時間がスローモーションのように流れ、「終わった…!」と思った瞬間、イトウさんに助けられ、危機一髪の状況を回避出来たという。
「後日友人を含めた3人で、この時の『吊り橋効果』の話題になったんです。スリルやドキドキが好意につながる、あの心理効果ですね。そこから話が発展して、僕とイトウさんと友人で、なぜか『吊り橋3兄弟』を結成することになって(笑)。その時に友人が使っていた『吊り橋ピュン』という名前が、強く印象に残ったんです。
店名を決めるとき、ユーモアのある響きが気に入っていたので、迷わずそのまま名付けました。『吊り橋ピュン』には、あの日のスリルとドキドキが宿っているんです」

酔っ払いと“野方のジョーカー”がつないだ縁

こうして、イトウさんの助言からトントン拍子に話は進み、2020年4月、「吊り橋ピュン」はオープンした。しかし、当時はコロナ禍の真っ只中。当初の店の様子はどうだったのだろうか。
「そもそもお店をやった経験がなかったので、コロナ前の状況がどんなものかも分からず、『まあ、こんなもんかな』と思いながら営業していました。でも、やっぱりお客さんはあまり来なくて、来てくれるのはほとんど友達だけという感じでしたね。
当時は店に住んでいたので、せっかくだからと夜12時頃まで開けていたら、酔っ払いが来たりして。でも、僕は酔っ払いが好きなので、一緒に飲んで仲良くなったりしていました。そのおかげで、いろんなバンドマンや芸人さんも訪れるようになり、徐々にお店の名前が知られていった感じです」
野方文化マーケットという場所を選んだのも、単に奇をてらうためではない。家賃の安さに加え、「野方のジョーカー」と呼ばれる迷惑おじさんに気に入られたことも、サトルさんの人柄がうかがい知れるエピソードだ。
「内見のとき、突然『人間はクソして死ぬだけだ!』と叫ぶおじさんに出会ったんです。僕が『そんなことないですよ』と返したら、『兄ちゃん、あんた、いいね』と、マトンカレーとチキンティッカをごちそうしてくれて。その時、『ああ、この街は温かいな。いい人がいる街だな』と感じたんです。
でも後で聞いたら、彼は迷惑行為で有名な『野方のジョーカー』と呼ばれるおじさんだったんですよ(笑)」

サトルさんが選ぶ、ユーモア満載の渾身アイテム

野方文化マーケット自体が異彩を放つが、「吊り橋ピュン」も負けず劣らずの存在感を誇っている。
店内には壁から天井まで無数のTシャツが並び、どこから見ればいいのか迷ってしまうほど。そのラインナップは、80年代後半から90年代のバンドTシャツをはじめ、平成のアイドルグッズ、企業Tシャツ、美少女ゲームのノベルティまで、サトルさんのフィルターを通して集められたものばかりだ。
Tシャツの品揃えも実に魅力的だ。90年代のレジェンドバンドTHE MAD CAPSULE MARKETSから、Hi-STANDARD、B'z、L'Arc-en-Cielに至るまで、世代にはたまらないTシャツが目白押しだ。
「ディスプレイも商品のセレクトも、特に何かを意識しているわけじゃないんです。気がついたらこうなっていた、という感じですね。好きなものの幅が広いので、ジャンルで区切ることもなくて。平成カルチャーを意識したわけでもないのですが、昔から好きだったものを集めたら、今のような店になりました。
でも、バンドは自分の中の軸としてあります。僕はTHE MAD CAPSULE MARKETSが本当に大好きで。彼らはいろんな音楽性を取り入れていたじゃないですか。その柔軟さにすごく影響を受けて、自分も決めつけずに何でも取り入れたいと思うようになったんです。
80年代のポップな雰囲気も好きですが、一番影響を受けたのはやっぱり90年代。自分の青春そのものなので、自然と90年代のアイテムが増えましたね」
サトルさんがセレクトしたアイドルグッズも見逃せない。店内の一角にある“アイドル棚”は、まるで祭壇のような存在感を放つ。壁一面に飾られた黄金期のモーニング娘。や広末涼子のTシャツは、サトルさんならではのセンスが光る。
「アイドルにハマったきっかけも、実はTHE MAD CAPSULE MARKETSなんです。ベーシストの上田剛士さんがプロデュースしたアイドルグループ・BiS(新生アイドル研究会)のCDを買ったところ、ライブ参加チケットが付いていました。それをきっかけにライブへ行き、一気にハマってしまったんです。
さらに、ライブに足を運んだ際に対バンで出演していた『BELLRING少女ハート』に出会ってしまい、今度は『BELLRING少女ハート』に夢中になって、今に至ります。『BELLRING少女ハート』がきっかけでイトウさんとも出会えたので、僕にとってかけがえのない存在です」
所狭しと並んだTシャツの中でも、サトルさんの“イチ押し”は元サッカー日本代表・前園真聖選手のTシャツだという。当時のギラついた表情がプリントされた一枚には、90年代の“イケイケ”な雰囲気が宿っている。
「僕はJリーグ開幕の熱狂をど真ん中で浴びた世代なんです。あの頃の選手はみんな自信に満ちた表情で、本当にかっこよかった。中でも前園選手のこのギラついた顔は、今の柔らかな雰囲気とは対照的で、そのギャップもまた魅力的です。このTシャツも残り1枚なので、売れたらちょっと寂しいですね」
店内には他にも貴重なアニメTシャツなどがずらりと並ぶが、この店でヴィンテージとしての「価値」だけにこだわるのはもったいない。むしろ、この空間ごとおもちゃ箱のように楽しむことが、「吊り橋ピュン」の醍醐味と言えるだろう。

宝探し感覚で楽しむ、“吊り橋ピュン”の世界

もともと大の古着好きでもあるサトルさん。彼が選ぶTシャツは、独自のフィルターを通してすでに一つのファッションとして完成されている。ジャンクな雰囲気のアイテムが並ぶ一方で、さりげなくMiu Miuのシューズが置かれているなど、そのギャップこそがこの店の侮れない魅力だ。
「お店で『これをやりたい!』といった強いこだわりは特にないんです。シンプルに、これからもみんなで楽しくやれたらいいなと。店に来てくれた方には、自由に遊んでいってほしいですね」
芸人やバンドマン、YouTuberまで幅広いファンに愛されるこの店に、友達の家へ遊びに行くような感覚で人が集まってくるのも頷ける。
まさに平成カルチャーの宝庫、「吊り橋ピュン」。野方を訪れたなら、ぜひ一度、サトルさんが紡ぐ世界を堪能してほしい。その懐かしくて新しい雰囲気が、きっとあなたの脳を刺激し、クセになるはずだ。

Text by Tajimax

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