国産デニムパンツのパイオニアであり、“岡山デニム”を国内外に印象付けたブランド「
BIG JOHN(ビッグ ジョン)」。その歴史を深掘りすると、国産デニムパンツそのもののルーツを知ることができるのではないだろうか。今回は
株式会社ビッグジョンの広報をはじめ、さまざまな業務を兼務する松田 広樹さんに、国産デニムパンツ誕生のお話から伺っていこう。
作業服や学生服から一転し、“ジーパン”に着目する
「創業者は尾崎 小太郎(おさき こたろう)という人物で、1940年に足袋、作業服の縫製業として岡山県の児島でマルオ被服という会社をはじめました。その後、学生服づくりがメインの仕事になっていきます。それは弊社に限らず児島全体の産業として根付いていきました。学生服の生地は『ビニロン』という糸を使ってつくるのが主流だったのですが、1950年代後期になると、『テトロン』という黒くてしなやかで強い糸が完成します。ですが、その素材が手に入る工場はほんの一部で、当時のマルオ被服はテトロンを卸してもらうことができず、学生服生産は縮小せざるを得ない状況でした。
とある日、尾崎は東京と大阪にいるマルオ被服の営業マンに『いま、若者の間でなにが流行っているのか』と聞くと、営業マンたちは『ジーパン』と答えたそうです。