4代目摺師・小川信人が、壊れゆく工芸の循環を再生させる理由
2026.03.13
4代目摺師・小川信人が、壊れゆく工芸の循環を再生させる理由
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江戸から続く木版画摺師の系譜を継ぐ、関岡木版画工房
4代目小川信人は、職人になる前にリサイクルショップで働いた経験を持つ。
彼がいま向き合っているのは、技術の継承だけではない。材料、農家、問屋など、現代では壊れかけてしまっている工芸の“循環”をつなぎ直す挑戦だった。若き摺師がまなざす未来を聞く――。
PROFILE|プロフィール
小川 信人(おがわ のぶと)
小川 信人(おがわ のぶと)

江戸時代から続く日本橋石町松村系の伝統木版摺師を継ぐ関岡木版画工房の摺師。大学卒業後、一般企業への就職を経て家業を継ぎ、荒川区指定無形文化財保持者の川嶋秀勝に師事して修業を重ねた。千社札や浮世絵などの摺りを手がけ、創作版画や現代企画にも挑戦している。

一度離れたからこそ見えた、家業という唯一無二の仕事

小川さんは、幼い頃から家業に携わっていたのでしょうか?

江戸時代の頃に摺師が誕生してから僕で7代目。関岡工房は曾祖父が始めました。祖父関岡功夫が2代目、師匠である川嶋秀勝が3代目、僕で4代目になります。

祖父に可愛がられていたので、物心ついた頃から工房で遊び、後に師匠になる川嶋の仕事を眺めていました。夏休みの自由研究のときに木版画を制作して、楽しかった記憶があります。

でも、その後は木版画から離れ、家業の手伝いなどはしなくなったんです。中学から大学までは、部活で始めた野球に夢中になりました。

スポーツマンだったんですね。そこから職人の道へ進むことを考えたのはなぜでしょうか?

離れて外から一度眺めてみたことで、摺師の仕事の魅力を改めて感じたんですよね。

就職活動のときにも、「家業を継いだほうがいいのかな」と漠然とした迷いはあったのですが、「職人って大変そうだな」と思ったこともあり、社会勉強も兼ねてリサイクルショップに就職する決断をしました。

家具家電の出張買取でお客様と話すなかで、「素晴らしい仕事じゃない?」といろいろな方が家業を褒めてくれる。魅力的な仕事なのかもしれないと、職人の道を考え始めました。会社員も楽しかったですが、一人っ子であり、師匠も年を重ねているので、僕が継がなければ関岡の歴史が途絶えてしまう。木版画の仕事を残したいと、24歳で家業に入ることを決めました。

会社を辞めて修業に入る前に、バックパッカーとして海外を旅されたとか。

3ヶ月あったブランクを活用して、ヨーロッパ、アメリカ、モロッコなど、さまざまな場所を回りました。修業に生かしたい想いもあり、ロンドンの大英博物館や、ニューヨークのMoMAなどにも訪れると、浮世絵が飾られ注目されていたんです。その光景を見て、自分がやる仕事なんだと、改めて腹が決まりました。