【第1回】遊びの延長から始まった東京七宝の道──現代の名工・畠山弘の原点
2026.02.02
【第1回】遊びの延長から始まった東京七宝の道──現代の名工・畠山弘の原点
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小さな頃は毎日のように外で遊び、家業である七宝焼の工房にはあまり興味を示さなかった少年がいた。それが後に「現代の名工」として評価される畠山さんである。
「最初はただ手伝っていただけなんです。焼き上がった色がきれいだなと思ったのが、本格的に携わるきっかけでしたね」
遊びの延長のように始まった家業の手伝い。研磨や焼成の工程の美しさに魅了され、自然と七宝焼の世界に引き込まれていった。今回は、畠山さんの幼少期から家業を継ぐまでの道のりをたどる。
PROFILE|プロフィール
畠山 弘(はたけやま ひろし)
畠山 弘(はたけやま ひろし)

1953年東京生まれ。大学卒業後に七宝焼き職人の父のもとで本格的な修業を始める。28歳のとき、父の後を引き継ぎ2代目となる。東京七宝の伝統技法を守りつつ、オリジナル作品として「透胎七宝」を生かしたアクセサリー製作に注力する。2005年、東京都伝統工芸士に認定。2023年、厚生労働省「現代の名工」受賞。

外で遊ぶのが大好きだった少年時代

畠山さんの子ども時代は、外遊びに明け暮れる毎日でした。学校から帰るとランドセルを放り出し、メンコやチェーリングといった遊びに夢中になります。汗まみれになりながら夕暮れまで遊び続ける日々。

「小学生の頃は外で遊ぶのが当たり前。家に帰っても、工房に足を踏み入れることはほとんどありませんでした」

無邪気に駆け回っていた少年にとって、家業である七宝焼はまだ遠い存在でした。

家業との最初の出会い ― 「色がきれいだな」と思った瞬間

転機は小学校3年生の頃。遊びや宿題の合間に工房を手伝うようになったことでした。

七宝焼は金属にガラス質の釉薬をのせ、800度前後で焼成します。研磨すると、ガラスのように透き通った色彩が現れます。

「網に並んだ作品を見て、赤や青、緑が光に透けて輝くのを見たとき、『あ、面白いな』と感じました」

最初はお手伝い感覚でしたが、焼成後に輝きを放つ作品を目にするたび、心は強く惹かれていきました。