ここまで中川さんが語ってきた象嵌に対する考え方は、どこからきたものだったのか。それに大きく関わるのが、海外での経験だったようだ。なかでも、トルコの影響は強く受けているという。
「三鷹市に、中近東文化センターという場所があります。当時『イスラム圏の商人と職人たち』という研究がされていて、私も調査に加わらせていただき、毎年のようにトルコに飛んでいましたよ。
ここぞとばかりにスケッチをしましたね。トルコに行ったその足でブルガリアに寄ったときには、目の前に広がる草原と森の美しさに心を奪われました。
だんだんと日が沈んでいき、西と東の空の綺麗な明暗はいまも脳裏に焼き付いています」
その風景を作品に落とし込んだのが、《重ね象嵌朧銀花器「草原の森」》だった。銀や四分一(しぶいち)という銀と銅の合金などを使用して、見事な明暗を表現し、時の流れを表した作品となっている。