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2024.01.23

マリー・クワントの遺訓:ミニの女王から継承すべき価値観とは

イギリスのファッションデザイナー、マリー・クワント(MARY QUANT)の功績を振り返る、ヴィクトリア&アルバート博物館による世界巡回展が日本で開催されたのは、2022年の11月だった。同時に映画『マリー・クワント スウィンギングロンドンの伝説』も公開され、東京・渋谷のBunkamura周辺は、さながらマリー・クワント祭りの様相を呈していた。
初めてデザイナーとしてのマリーに触れる若い人を含め、多くの人が、彼女がファッションを通して変えた女性や社会のあり方を再認識した。翌年4月、偉大なるこのデザイナーは93歳で穏やかに旅立った。生涯の仕事が世界巡回展と映画によって総括された直後で、完璧な人生の終え方に見えた。

『時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』を辿る

幸運にも、筆者が展覧会を監修させていただいた「マリー・クワント展」の展示そのものは当然すばらしいものであったが、同様に携わり翻訳監修した本展覧会の図録としての書籍『時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』は通常の図録のレベルをはるかに超えていた。
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
マリー・クワントのファッションビジネスに参画したパートナーたちの評伝に加え、1950年代後半から1970年代にかけての社会の変化、イギリスとアメリカのファッションビジネスの違い、モデルの変化、写真家の役割、素材、広告、ヘアメイク、インテリアにいたるまで、各領域の専門家によって詳しく書かれている。
写真や図版が豊富でビジュアル本としても美しいのだが、テキスト部分における引用一つ一つに典拠が明示されているので、学術的な資料価値も高い。
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
案の定、展覧会図録としてはすぐに完売、中古市場において高値で取引される事態となった。もっと多くの人にこの本を届けたいと考えたグラフィック社は、2023年11月にコンパクトなサイズとして再編、書籍『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』として発売した。
ファッションビジネスの歴史を知りたい読者にも情報が満載で、ロンドンがもっとも活気にあふれていた1960年代のカルチャー全般に関心が高い人にとっても刺激にあふれ、ファッションはどのように社会の変化と関わってきたのかという社会学的なテーマを考えたい人にも示唆に富む。
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
『新装版 時代を変えたミニの女王 マリー・クワント』より
さらにはポップで楽しい20世紀後半のデザインや色彩のセンス、大胆な広告やインテリアに触れたいというビジュアル志向の読者も満足させる。つまり、あらゆる側面からファッションにアプローチできる貴重な一冊になっている。

ミニの女王が生まれるまで

マリー・クワントは1930年、教師の両親のもとに生まれ、ゴールドスミス・カレッジで美術を学ぶ。1955年、25歳でロンドンのキングス・ロードにブティック「バザー」を開き、膝が丸見えになるドレスを自分で作って販売した。ストリートからヒントを得たというミニスカートに、保守層は眉をひそめた。
Bunkamura ザ・ミュージアムで2022年11月~2023年1月に開催された「マリー・クワン ト展」より(撮影/中野香織)
Bunkamura ザ・ミュージアムで2022年11月~2023年1月に開催された「マリー・クワン ト展」より(撮影/中野香織)
ミュウミュウ発のマイクロショーツが流行する気配まである2024年から見ると膝くらいどうということはないのだが、70年前は女性の膝がタブーであった。ちなみに、ココ・シャネルは「女性の膝は醜い」と言って、どんなにミニが流行しても、決して膝上丈のスカートを作ることはなかった。
マリーによる因習打破はスカート丈だけではなかった。
紳士服から着想を得たジェンダーの境界を揺るがすパンツスタイル、奇抜で大胆なポーズをとるマネキンやモデル、ロブスターなど唐突なオブジェが登場する前衛的なウィンドウなど、「バザー」から斬新なカルチャーを次々に発信した。
Bunkamura ザ・ミュージアムで2022年11月~2023年1月に開催された「マリー・クワン ト展」より(撮影/中野香織)
Bunkamura ザ・ミュージアムで2022年11月~2023年1月に開催された「マリー・クワン ト展」より(撮影/中野香織)
タイピストの女の子も伯爵夫人も競って「バザー」の服を手に取るようになる。
社会階級が厳として存在していた当時のイギリスでは革命的なことだった。マリー以前、「ファッション」は上流階級のもので、その階級の女性を顧客としていた男性デザイナーが流行を生む主導権を握っていた。
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