越前和紙の起源は約1500年前に遡ると伝えられています。産地に伝わる話によれば、この地に紙漉きの技術が伝えられた経緯には2つの説が存在します。
一つは、仏教の伝来と共にお経を書き写すための紙として、中国からその製法が伝わったという説です。
もう一つは、この土地の農作物が不作で里人が生活に苦しむなか、美しい女神が現れて紙漉きの技術を教えた、という伝説です。この女神は「川上御前(かわかみごぜん)」として知られ、今も産地の職人たちから紙の神様として崇められています。
これらの伝説を裏付けるように、越前和紙の歴史的な価値を示す物的証拠も現存します。奈良の正倉院には、西暦730年のものとされる「越前国正税帳(えちぜんのくにしょうぜいちょう)」が保管されています。
これは当時の戸籍や租税に関する記録であり、この紙が楮(こうぞ)を主原料とし、非常に高い水準の技術で作られていることが近年の調査で分かっています。この事実は、奈良時代においてすでに、越前の地で高度な製紙技術が確立されていたことを示しています。
平安時代に入ると、その用途は公的な記録に留まらず、紫式部や清少納言に代表される女流文学の世界でも、優美な料紙として珍重されるようになりました。これほど長い時間にわたり、国の重要な記録や文化を支え続けてきた歴史こそ、越前和紙の信頼性の根幹をなしています。