越前和紙を手に取ったとき、まず目に留まるのはその色合いでしょう。それは、洋紙のような、全てを反射する純白ではありません。わずかに黄みがかった、温かみのある柔らかな色。この色は「生成り(きなり)」と呼ばれます。
この生成り色は、単に漂白加工を省略した結果ではありません。むしろ、それは「あえて何もしない」ことを選んだ、極めて哲学的なデザイン思想の表れと言えます。これは、素材である楮(こうぞ)や三椏(みつまた)といった植物の繊維が持つ、ありのままの色を尊ぶ姿勢を表しています。その力を最大限に引き出すことこそが美しいとする、日本の伝統的な美意識がここに凝縮されているのです。
完璧に均質化された「白」が、人の手による秩序の象徴だとすれば、生成り色は、自然の営みの痕跡を許容する「おおらかさの美」と言えるかもしれません。繊維の一本一本が持つわずかな色の違い、それらが集まって生まれる優しい色調は、見る者に安らぎを与え、工業製品にはない有機的な生命感を感じさせます。
この美意識の頂点に立つのが、「鳥の子紙(とりのこがみ)」と呼ばれる最高級の和紙です。江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にもその名が見えるほどその歴史は古く、その名の由来は紙の色が鶏の卵の殻のように、淡いクリーム色で滑らかな質感を持つことにあるとされます。人工的には決して作り出せない、気品ある自然な色合いへの称賛が、この名前に込められているのです。
現代の私たちは、完全無欠な白や、ビビッドな色彩に囲まれて暮らしています。だからこそ、越前和紙の生成り色が放つ、穏やかで控えめな美しさに、心が安らぐのかもしれません。それは、完璧ではないものの中にこそ真の豊かさを見出す、「わび・さび」にも通じる精神性の発露なのです。
この色は、雄弁に自らを主張する代わりに、書かれた文字や描かれた絵を優しく受け止め、その魅力を最大限に引き立てます。使い手と一体となって初めて完成する、究極の「用の美」のデザインがここにあるのです。