水引が日本の贈答文化に登場する起源は、飛鳥時代にまで遡ると言われています。遣隋使として大陸に渡った小野妹子が帰国した際、隋からの返礼品に紅白の麻紐が結ばれていました。これが、祝い事に紅白の紐を用いる慣習の始まりと伝えられています。この逸話は、結ぶという行為が、古くから国家間の儀礼においても重要な意味を持っていたことを示唆しています。
その後、時代は下り、伊予の地で水引製造が始まる直接のきっかけは江戸時代に訪れます。伊予松山藩において、武士が髷(まげ)を結うために用いる紙製の紐「元結(もとゆい)」の製造が、藩の殖産興業政策の一環として奨励されたのです。
これは、藩に仕える下級武士たちの内職として定着し、伊予の地における製紙加工技術の礎を築きました。この時点での元結は、儀礼的な装飾品ではなく、武士の身分を維持するための実用的な必需品でした。安定した封建社会の中で、元結づくりは伊予の地に一つの産業として根付き、その後の発展に向けた土台を形成していったのです。