土と炎が描く景色 ── “用の美”に宿る、不完全さのデザイン哲学
会員限定記事2025.10.31
土と炎が描く景色 ── “用の美”に宿る、不完全さのデザイン哲学
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人の手による精緻な絵付けが施された磁器の華やかさとは、対極にある存在。それが信楽焼の器と対峙したときの第一印象かもしれません。ごつごつとした土の肌合い、作為を感じさせない歪み、そしてどこか懐かしい温もり。その魅力の源泉は、一体どこにあるのでしょうか。
この記事では、信楽焼のデザインの根幹をなす「景色」という概念と、その根底にある日本の美意識について、探っていきましょう。信楽焼の美しさは、絵付けのように表面に付け加えられるものではなく、土という素材そのものと、炎との対話の中から「生まれる」ものだという事実が、見えてくるはずです。

「景色」を読む── 人為を超えた偶然の美

信楽焼の意匠を理解する上で、最も重要なキーワードが「景色」です。これは、器の表面に現れるさまざまな模様や色の変化を、自然の風景に見立てて味わう、日本独自の美意識を反映した言葉です。職人は炎を完璧に制御するのではなく、その力を引き出し、窯の中で起こる偶然の化学反応を受け入れます。その結果として器の表面に焼き付いた唯一無二の表情こそが、信楽焼の意匠と言えるでしょう。

その景色を構成する主な要素に、「火色(ひいろ)」があります。これは、窯の中で土に含まれる鉄分が酸素と十分に結びつく「酸化焼成(さんかしょうせい)」という状態で焼かれることで生まれる、淡い赤色やオレンジがかった温かみのある発色です。まるで人の肌のような温もりを感じさせるこの色は、白い素地によく映えるため、特に珍重される景色の1つです。興味深いのは、この「火色」という呼び名自体が、炎の働きによって土の表情が引き出される現象の本質を的確に表している点です。

次に「景色」の見どころに、「自然釉(しぜんゆう)」が挙げられます。これは、焼成中に燃えた薪の灰が器に降りかかり、1200℃以上の高温でとけて土の珪酸成分と反応し、自然にガラス質の膜を形成する現象です。その緑色がかった美しい光沢から「ビードロ釉」とも呼ばれ、人の手で釉薬を掛けるのとはまったく異なる、流動的で予測不可能な模様を生み出します。どこに灰が降りかかり、どのようにとけるかは窯を開けてみるまで分かりません。この人為を超えた偶然性こそが、自然釉の最大の魅力であり、1つとして同じものがない作品を生み出す源泉となっています。

また、「焦げ」も信楽焼の景色に深みを与える重要な要素です。これは、薪の灰や熾火(おきび)に器が埋もれた状態で焼かれることで、その部分が極度の酸欠状態、すなわち「還元焼成(かんげんしょうせい)」となり、黒褐色や黒色に炭化してごつごつとした質感に変化した部分です。一見すると荒々しいこの表情は、わび茶の世界では特に好まれ、厳しい自然の力強さや、静かでさびた風情を感じさせるものとして高く評価されてきました。

そして、土の力強さをもっとも直接的に伝えるのが「石ハゼ(いしはぜ)」です。信楽の土は、あえて完全に精製せず、長石(ちょうせき、高温で焼き固めるときの融剤として働くガラス質の鉱物)などの粗い粒子を含んだまま使われます。焼成時の収縮に耐えきれなかった石の粒が、まるで内側から弾けるように表面に現れたり、その周囲に亀裂を生じさせたりしたものが石ハゼです。これは、信楽の土の特性そのものが意匠となったものであり、隠すことのない、ありのままの美しさの象徴と言えるでしょう。

焼成前の素焼き、中間工程の素地<br>画像協力:卯山窯(株)卯山製陶
焼成前の素焼き、中間工程の素地
画像協力:卯山窯(株)卯山製陶

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