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【リレーコラム】偶発的な優美なハッタリ(Q-TA)
PROFILE

わたしはコラージュアーティストを名乗り、それをぎりぎり生業にしている。みなさんは「コラージュ」という単語から何を想像するだろうか? ファッション誌の好きなページを切り取り貼り合わせたり、推しのアイドルの写真をたくさん並べたりするのも、まぁ一般的なコラージュと言われている手法である。ただこれは好きなものを集めただけ、例えるとケーキバイキングで「わー美味しそう」「わー可愛い」「わーわーわー」とお皿の上に好きなケーキをたくさんのせただけである。これで出来たのは「ケーキがたくさんのったお皿」でありケーキバイキングでは至極当然の風景である。もちろんいろんなケーキをたくさん食べる場所なので誰も文句は言わない。文句を言われるとしたら、たくさんお皿に取ったのに映え写真だけ撮ってほとんどケーキを口にしなかったときである。
で、わたしが考えるコラージュというのは「1つのケーキの周りに形状の異なるフォークがたくさんのったお皿」である。いや、「お皿とお皿の間にケーキをミルフィーユ状に挟んで積み上げたもの」かもしれない。どちらにしてもケーキバイキングの場ではお店のスタッフに嫌な顔をされそうである。では「ケーキでできたお皿」はどうだろうか?もしくは「お皿でできたケーキ」。。ええい!こうなりゃヤケだ!「ケーキでできたケーキ」は?
一見ふざけているようだがこれがわたしの「コラージュ」なのである。正確には「コラージュ的思考」である。頭の中で意味合いを切ったり貼ったりを繰り返し、最終的に残った「ハッタリ」が表現としておもしろ成分高めなのである。「ケーキでできたケーキ」。当たり前のようでコロンブスの卵でもあるこのキーワードの発見こそが、コラージュアーティストをぎりぎり生業とするか否かの差なのである。あってほしい。

さてそろそろ本題に入りたい。「ファッション」と「テクノロジー」の単語を使っておもしろい文章を書かなくてはいけないのだ。おもしろいが非常に難しい。。なので真面目に書く。表現には「文脈」というものがとても重要なファクターになってくる。英語で言う「コンテクスト」。その文脈をどう取り入れていくかで表現の奥行きがだいぶ変わってくる。コラージュで言えば、まず素材の選定にこの文脈という要素が入り、例えば60年代の雑誌を素材としたとき、その時代背景やカルチャーを切り取り再構築する。再構築の過程で「今っぽさ」や「作家性」も入れ込むことを忘れてはいけない。これを忘れてしまうと先に言った「ケーキがたくさんのったお皿」になってしまう。決して間違いではないがコラージュではない。
ファッションにおいてはこのコラージュ感覚は非常に大切なのではないか。60年代ファッションをどう取り入れどう再構築するか、そしてなぜ60年代なのか?そういった部分がちゃんとテーマとして落とし込まれて初めてブランドとしての方向性をユーザーに提供できると考える。
いま書きながら思いついたのが「時代」「カルチャー」「思考」「テクノロジー」、これらをシュルレアリスムにおける作品の共同制作の手法「優美な屍骸」的に制作したら、おもしろいものができるのではないか?「優美な屍骸」とは複数の人間が互いに他の人間がどのようなものを制作しているかを知ることなしに、自分のパートだけを制作するというもの。それらを持ち寄ったときに個々の共同制作者の誰も予想できなかったような、主観的構成の意図を持たない「意想外の組み合わせ」として偶発的なファッションが完成する可能性もある。偶発はあくまで偶発なので100%それが生み出される保証はないが、「優美な屍骸」のようにそれが生まれる確率を上げることはできる。
この偶発にどのような味付けをしていくかはクリエイティブにおいて非常に重要で、非常に刺激的なものである。AIというものが誰でも簡単に扱える世の中だからこそ、もっと刺激的なクリエイティブを!エラーから生まれる偶発性を!わたしはこの刺激を求めてこれからも切ったり貼ったりを繰り返す。













