時間とお金だけがなくなっていく
県の試験場で働きながら、「象嵌」との運命的な出会いを果たした中川さんは、サラリーマンと工芸作家という二足のわらじを履くことになる。だが、加賀象嵌制作に携わる日々は、中川さんが想像していたのとはまるで違うものだった。
「1年かけても、大きい作品なら3点、小さいものでも5点くらいしかつくれません。金属を彫ってから、そこに金や銀をはめ込むので、他の工芸と違って2倍くらいの時間がかかるわけです。
始めた当初は失敗もたくさんあったから、時間はあっという間に過ぎていくし、金属を買うお金もどんどん飛んでいきましたよ」
これまで工業デザインを専門にしていたため、作品をひとつつくるのに、これほど時間と費用がかかるとは想像すらしなかったと振り返る中川さん。このように時間と費用がかかることから周りにいた人たちも、いつの間にか姿を消していったという。
工芸に魅了さ れてその道に入っても、続けていくのが難しい構造的な問題があるようだ。
「サラリーマンは毎月給料が振り込まれるけど、工芸は作品が売れないとお金が入ってこないでしょ。その上、材料費を考えると、売値の1/3くらいしか手元に残らないんですよ。作品づくりで生活ができるようになったのは、60代になってからですね」