なぜ、この土地だったのか? 南部鉄器を育んだ、岩手の風土という必然
会員限定記事2026.02.05
なぜ、この土地だったのか? 南部鉄器を育んだ、岩手の風土という必然
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一つの工芸品が、ある特定の土地で何百年という時間を超えて受け継がれていく。その背景には、単なる偶然では片付けられない、明確な理由が存在するはずです。
私はこれまで、日本のさまざまなものづくりを取材してきましたが、その土地の気候や文化、そして地勢といった「風土」と工芸品が、まるで根と土のように深く結びついている様を幾度となく目にしてきました。
今回テーマとする南部鉄器もまた、岩手という土地の個性を色濃く映し出す工芸品の一つです。なぜこの地で、鉄を素材とする鋳物づくりが花開き、今日まで深く根付くことができたのか。
その答えを、岩手の風土そのものを紐解くことで探ってみたいと思います。

鉄、砂、木炭、漆。全ての材料が揃った「天与の地」

南部鉄器が岩手の地で発展したもっとも根源的な理由は、鋳物づくりに不可欠な複数の資源が、驚くほど狭い地域に集中して存在していたという地理的優位性にあります。

ある伝統工芸士は取材に対し、「全ての材料がこの岩手の土地に集まることができた」と語ります。この言葉が示すように、岩手はまさに鋳物づくりのための「天与の地」でした。

具体的には、まず主原料となる良質な砂鉄や鉄鉱石が、北上山地から豊富に産出されました。

次に、溶かした鉄を流し込む鋳型(いがた)の製作に欠かせない川砂と粘土は、地域の中央を流れる北上川の流域で容易に入手可能でした。

さらに、鉄を溶かすための燃料となる木炭も、周囲に広がる豊かな森林資源が潤沢に供給しました。そして仕上げの着色と錆止めに用いられる漆(うるし)も、岩手県が国内生産量の大部分を占める一大産地となっています。

このように、主原料の鉄、鋳型の材料である砂と粘土、燃料の木炭、そして仕上げ材の漆という、鉄器という工芸の成立に必要な全ての要素が、この土地で自給自足できたのです。

外部からの供給に頼ることなく、地域内で生産サイクルを完結できたこの環境こそが、南部鉄器が400年以上にわたって安定的に生産を続けられた、揺るぎない基盤であると言えるでしょう。


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