衣服にコンピューティングの機能を導入していくと、何ができるのか/何をしたいのか。様々なウェアラブルデバイスが登場する一方で、その答えはまだ定かではないように思われる。
今回、取材した慶應大学大学院メディアデザイン研究科専任講師の山岡潤一さんは、そんな衣服や衣服と人間の関係性に様々な可能性を提示する研究を行っている。物づくりのプロセス、素材にテクノロジーを介在させる試み、その背景にある思想についてお聞きしました。
2013年、慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了、2015年同大学博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD), マサチューセッツ工科大学 訪問研究員、東京大学大学院情報学環 特任助教を経て、メディアデザイン研究科 専任講師。 マテリアルの特性に着目した、インタラクティブメディア、デジタルファブリケーションに関する研究を行う。UISTやSIGGRAPHなどの国際会議で発表。またメディアアート作品の制作や、STEM教育向け知育玩具の開発も行う。WIRED CREATIVE HACK AWARD 2014グランプリ受賞 、文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品、グッドデザイン賞(2018)、ACM UIST Honerable Mentionなど。
基本的にインタラクティブメディア、研究領域で言うとHCI(Human-Computer Interaction)やメディアアートの領域で、研究と作品という両面から活動してます。もともとは、コンピュータグラフィックスをやっていて、映像などを作っていました。そこから、画面の中だけの事象をどのように現実で表現するかに興味が出てきてて、今はバーチャルをいかにリアル化するかというところに活動の軸があります。
バーチャルの世界でしか表現できないこと、例えばVRで空間が変形したりとか、多様な見た目になれるわけですが、そういったことが現実でもできれば、この世界変わっていくんじゃないか。そういったデータを出して実体化するという考えは、デジタルマテリアリゼーションといい、3Dプリンターなどを通じて身の回りに普及し始めています。
僕自身のアプローチとしては、素材の特性を大事にしていますね。素材の特性を知ったうえで、ハックしていろんな形に変えていく。
もともと、大きなものや特殊な素材よりも、身近なものからトライしてきましたね。例えば小麦粘土に電極とLEDを入れて光る粘土を作り、どういう風に伸びたり繋がったかを検出して色に置き換えたものや、ペンを動かして半自動筆記できるツールなど、身の回りにあるものにさりげなくコンピューターを介在させることができないかなと試みてきました。
こういった日用品へのフォーカスと同時に、既存のモノづくりの方法に再注目するようなこともしています。例えばBlowFabは金型を使わずに平面の板から数秒で立体を作る技術です。ブロー成形の手法とレーザーカッターを組み合わせることで実現しています。伝統的な手法には、まだコンピュータが入ってないところも多く、そこにいかにコンピューターを介在させてサポートできるかを考えたりもしますね。
グループの学生達にも伝えていることですが、まず、触れてみないと思いつかないところがありますね。半自動筆記のペンのアイデアも、つねに磁石を持ち歩いて見つけたアイデアだったりしたので。素材の持つ特性をよく観察し、そこで発見する。僕の研究グループである「Future Crafts」という名前も、職人的な観察眼を大事にしています。
また、色々な新素材も数多く研究開発され、そういった新素材は特定の目的のもとで作られていることも多いですが、実際に触れてみて、全く異なる方向で使うとどうなるかといった発想から考えることも大事だとは思います。
昨年4月から慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の所属となりまして、そこで新しく研究グループを立ち上げることとなりました。KMDという場所は積極的にコラボレーションをしていくことを重視していて、僕自身もバンダイナムコ研究所、ZOZOテクノロジーといった企業やプロダクトデザイナーの横関亮太さんとのプロジェクトなど、色々なものが同時並行で進んでいます。
具体的に取り組んでいることとしては、デジタルマテリアライゼーションにプラスして、もう少し生活に寄った衣食住に関わる研究を多く手がけています。学生の問題意識も環境問題から健康問題と実に多様ですね。
去年は立ち上げたものの、いきなりコロナ禍でオンラインで進めるような状況となり、それぞれ家でできることからスタートしました。例えば、紙だけで回路を使わずに時間を計測したり、ディスプレイになる新しいデバイスを作ったり、クレイアニメーションを現実で作るための知育玩具を作ったりと、どんどん社会に出してくところを進めていきたいと思っています。
これまで服に対しては、機能性を足すという試みは色々となされてきたと思います。身体の動きのセンシング、温度調節や音楽の再生など、すでに普及し始めていますよね。ただ、こういったもののひとつ制約として、それぞれのユーザーが好きなタイミングで好きな場所を指定して、自分でカスタマイズするようなことはまだできていない。なので、こういったものを誰もが簡単に作れる状況はあってもいいんじゃないか、今も衣服には手芸的なカルチャーもありますが、そこにテクノロジーが入っていくようなイメージです。
そこで、実際にカスタマイズできるIoTデバイスをプロトタイプして、ワークショップなどを行っています。こういったプロダクトがどういう風に服につけられるか、学生とともに検証していました。この状況下でのワークショップはかなり大変でしたが、まずは服にセンサーやアクチュエーター、ディスプレイを自由に取り付けられるならば何を作りたいか、どういう機能が欲しいかアイデア出しから始めています。
最初のワークショップでは、デザインソフトウェア(Adobe Illustrator)上で設計し、導電性のスパンコールや付け外し可能な LEDなど色々な部品を用意して、参加者自ら作ってもらいました。ミシンの操作などはかなり苦戦してましたが、結構面白いアイデアも出て。例えば、気温をモニタリングして体感している暑さをデータ化したり、姿勢を検知してて後で教えてくれる、心拍など生体情報を離れた人に伝えるみたいなものがでてきました。3Dプリンターで作られた加熱すると取り外しできるパーツなども用意して、実際に付けてみて位置を調整したり、別のパーツに変えたりといった行き来が見られましたね。
理想としては、生活のなかで機能を付け替えるような世界。例えば、今日はプレゼンがあるから資料をコントロールする機能を腕につけよう、次の日は運動するから足にセンサーをつけようといった感じで、その日その日に応じて付け替える、カスタマイズして機能を入れ替えれるみたいなことができると面白いかなと思っています。
KMD自体、生活に根付いたデザインをする方向なので、衣食住である衣服は大事な存在です。服自体は第2の皮膚というか、マスクがわかりやすい例で、身の回りを守るもの。
現在、情報端末が皮膚により近づいているように感じています。コンピュータが、どんどんウェアラブルになって身体に近くなっていますよね。自分自身では、コロナ禍当初はマスクが足りず、レーザーカッターで作ったりしました。モノとしての機能性、自己表現としてのファッションの捉え方と同時に、それをどう作るのかというモノづくり的アプローチからも考えないといけないと思います。
モノづくりのあり方で言うと、そこは確実に変わっていくと感じています。その潮流の始まりは、3Dプリンターですね。プリンターは2Dから3Dになり、その初期段階でオープンソースになり、その結果、低価格化が実現して数万円で買えてしまう状況になっている。そうなると、家にも置いてみようかと広まり、例えば食べ物を作れるフード3Dプリンターが登場して食べ物を家で自動で作るみたいな状況になってきています。先ほどのマスクの例もそうですが、足りない場合は自分であるもので作るといったように、作らないといけなくなるシーンもでてくるのではないしょうか。作るプロセスで労力や知識が必要なものも、完全に自動化され、材料を買ってスイッチひとつで作れれば、その日の気分で必要な機能を変えられる状況になってくると考えています。
そのためには、ハードウェアの開発ももちろんですが、ソフトウェアの部分も変えていかないといけないと考えています。今の3Dプリンタの状況もそうですが、実際にどういう風に3Dモデルのデータを共有していくか、考える必要に迫られます。また、それを誰が考えるのか、これまでファッションに携わってきた人たちの仕事がどう取り込んでいくのかも、考えるべきだと思います。こういった仕組みを作らないといけない。
作ること、縫う、編むといったプロセス自体を専門とされている職人さんもいますが、そういった方々が手作業で行ってきたノウハウやコツは、非常に重要なものです。研究においても、どういう風に彼らの技とデジタルファブリケーションをハイブリットに融合させていくかは議論がされており、色々な試みがされています。僕自身は、手作り感を大きく残すようなことがあっても良いのではないかと考えていて、何かしらの形で、そういった技やノウハウが残っていくといいなと思っています。
先ほど紹介した付け外しできるウェアラブルデバイスのプロジェクトは、便利さから捉えられているものですが、それ以外についても議論はしています。自己表現や服を介したコミュニケーションの拡張といった部分もまた、鍵となると考えています。
ひとつ最近取り組んでいることを紹介すると、学生と取り組んだ「Human Scales」という作品では、皮膚の拡張というようなことを考えました。動物のうろこは身を守るための役割がありますが、そこに対して環境をセンシングしたり、他者との関係性を可視化する新しいうろこを獲得したらどうなるかという思想をもとにしました。
技術的には導電性のスパンコールを3Dプリントして、それを普通のスパンコールのように取り付け、風や光といった環境の変化を動きを可視化するということをやってみました。将来的には、他の人の動きが皮膚の上で感じられることもできるのではないかと考えています。
未来のコミュニケーションのために必要な服として、皮膚をめぐるスペキュラティブデザインとして、服と共に人間の営みがどう変わっていくのかを考察しています。
そうですね、既存の服からさらにどう展開していくかは重要な視点だと考えています。
ウェアラブルが皮膚に近くなっていくみたいな話をしましたが、素材自体がシリコン、ゲルといった肌に貼れるようなウェアラブルも登場しています。その延長線上に、爪や髪にコンピューターを介在させることもあるかもしれないですね。それがファッションというところなのか、アクセサリー、メイクなのか、その境界も曖昧になってくると感じていて、そこにさらに遺伝子工学が入ってくると、ファブリックから人体の細胞までの関係性が、さらにフラットになりそうで面白そうだと。
ファッション特化型のファブリケーションツールが普及したらハード、ソフトの両面から考えなければならない課題も出てきて、改善されていくと思いますが、そこで新たに出てくる課題は個々人が何を作るかですね。アート作品を日々作っている人もいれば、マスクのように必要にかられて作るシーンも出てくると思います。
カスタマイズできる状況になったときに、新しい作り方が見出されていく。そこで産業的には、いかに早く、安くできるか、そこでどのような材料を使うかという問題もあると思うので、高速化と廃材を再利用できるようなツールなどの開発を進めていくべきだと考えています。そこでまた、新しい作り方や顧客ができていくのではないかと考えます。
このようにモノを作っていく、材料を加工するツールから新たなプロダクトができて、あわあわよくば循環していく流れができることが期待される一方で、モノだけで回していくアプローチもあるかもしれません。服に限定して話すと、成長によって服のサイズを変えていけるような、ひとつのモノだけどそれが形を変えて別の機能性を持つような研究も登場しています。シェイプチェンジングインターフェイス(=形の変わるデバイス)などと括られていますが、そこまで話を広げると、服は服として存在せずに、あるときには服として存在するし、あるときには空間として使える、家具のような存在になるかもしれません。
ひとつのモノが形を変えながら機能を持つ、そうなるとサステナブルの文脈にも貢献できると思いますし、服は多様な機能をもつスマートフォンのようになり、そういう未来にもなるのかなとも考えています。