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国産デニムのパイオニア「BIG JOHN(ビッグ ジョン)」を深掘りし、日本デニムのルーツを探る

2025.01.22
国産デニムパンツのパイオニアであり、“岡山デニム”を国内外に印象付けたブランド「BIG JOHN(ビッグ ジョン)」。その歴史を深掘りすると、国産デニムパンツそのもののルーツを知ることができるのではないだろうか。今回は株式会社ビッグジョンの広報をはじめ、さまざまな業務を兼務する松田 広樹さんに、国産デニムパンツ誕生のお話から伺っていこう。

作業服や学生服から一転し、“ジーパン”に着目する

「創業者は尾崎 小太郎(おさき こたろう)という人物で、1940年に足袋、作業服の縫製業として岡山県の児島でマルオ被服という会社をはじめました。その後、学生服づくりがメインの仕事になっていきます。それは弊社に限らず児島全体の産業として根付いていきました。
学生服の生地は『ビニロン』という糸を使ってつくるのが主流だったのですが、1950年代後期になると、『テトロン』という黒くてしなやかで強い糸が完成します。ですが、その素材が手に入る工場はほんの一部で、当時のマルオ被服はテトロンを卸してもらうことができず、学生服生産は縮小せざるを得ない状況でした。
とある日、尾崎は東京と大阪にいるマルオ被服の営業マンに『いま、若者の間でなにが流行っているのか』と聞くと、営業マンたちは『ジーパン』と答えたそうです。
そのころのいわゆるジーパンというものは、着古された古着が多く流通されていて、アメリカから入ってくるサイズの大きなジーパンをお直しでリサイズして穿いていたそうです。
『この流行しているジーパンを新品でつくってはどうだろうか』、そう考えたのが国産デニムパンツづくりのはじまりのきっかけになります」
写真向かって左:創業者の尾崎 小太郎氏
写真向かって右:マルオ被服の古い工場の写真

日本で最初にデニムパンツの量産化に成功する

こうしてマルオ被服は日本ではじめてのデニムパンツづくりへと着手するのだが、最初からうまくいったわけではなかったようだ、引き続きお話を伺っていこう。
「ジーパンをつくるにはまず、素材となるデニム生地が必要になるわけですが、日本にはそのデニム生地がない、というところからはじまります。
アメリカにCANTON COTTON MILLS(キャントン コットン ミルズ)というデニム生地をつくっている会社があり、日本の大石貿易という会社がそのデニム生地を輸入するということで、弊社が契約し、CANTON COTTON MILLS社のデニムを使ってジーパンづくりをはじめることになります。
デニム生地の未知の硬さに尾崎は『ブリキのような硬さだ』という言葉を残しているほど、縫製には随分てこずったそうです。ミシンを改造したり、それでも縫えない箇所はアメリカからデニム用のミシンを輸入してきたりしてつくりあげ、1965年日本ではじめて国産デニムパンツが誕生するのですが、これが最初は全然売れなかったそうです。
その当時の人たちにとって、ジーパンは古着で色落ちしたブルーの柔らかいものというイメージがあったそうで、新品のジーパンは糊がついていて硬く濃紺だったため、イメージとかけ離れていたのが原因だったそうです。
そこでおそらくこれは世界初だと思うのですが、あらかじめ洗いをかけて少しでも柔らかくして売りに出したそうで、いまでいう“ワンウォッシュデニム”のはじまりだったのではないかと思います」
日本ではじめての国産デニムパンツは「CANTON(キャントン)」というブランドで発売された
1969年の工場の写真、デニムパンツを量産していることがわかる

右手にハンバーガー、左手にコーラ、パンツはBIG JOHN

国産デニムパンツの量産化に成功したマルオ被服はオリジナルブランドづくりに乗り出す。それまではアメリカのデニムパンツのシルエットでパターンメイキングをしてつくっていたが、マルオ被服には長年日本の作業服をつくってきた歴史があるので、日本人にあったシルエットで日本独自のデニムパンツづくりをはじめることとなる。
「1967年にマルオ被服のオリジナルブランドBIG JOHNが誕生します。このブランド名誕生のお話を聞いていただきたいのですが、創業者の尾崎 小太郎の“太郎”は日本では一番代表的な名前で、それをアメリカの名前に置き換えると“JOHN”であろうと。小太郎なので“SMALL JOHN”ということになり、商売をしていくのに小さいよりは大きいほうがいいということで、BIG JOHNと命名されました」
BIG JOHNのロゴ
向かって左上:「アポロ」と呼ばれた1967年のファーストロゴ
向かって右上:翌年1968年に採用された「ひょうたん」という通称のロゴ
向かって左下:1970年に採用されたロゴ、ハイフンが入っているのが特徴だ
向かって右下:現行のBIG JOHNのメインロゴ、見覚えのある人も多いのではないだろうか
「そして1969年にアメリカでWOOD STOCKがあり、その時代の若者のファッションであるヒッピースタイルが日本にも入ってきます。BIG JOHNでもベルボトムをつくり、それが国内で大ヒットします。
さらに1971年、マクドナルドの日本1号店が東京銀座にできるのですが、そのときに『右手にハンバーガー、左手にコーラ、パンツはBIG JOHN』というようなトレンドキーワードがあったそうです。
このヒットを受けて、デニムパンツの需要が増え、デニム生地も不安定なアメリカからの供給では間に合わなくなり、国産のものをつくる必要が出てきます。そこで倉敷紡績株式会社、現在のクラボウにデニム生地の生産を依頼し、1973年純国産デニムパンツが登場します」
MH402B ボタンアップ ベルボトム 14,300円(税込)
1973年、ベルボトムを使った広告

BIG JOHNのスタンダード

1960年代に国産デニムパンツの量産化に成功し、1970年代にはヒッピーファッションとともに大ブームが起こったお話を伺ってきたが、ここからはBIG JOHNのスタンダードさが感じられる現在のアイテムを紹介してもらおう。
「スタンダードな5ポケットのストレートデニムを2つ紹介させていただきたいのですが、1つめは『KURABO DENIM Authentic Straight(クラボウ デニム オーセンティック ストレート)』というアイテムで、先ほどお話しさせてもらった『KD8(ケーディーエイト)』という純国産のデニム生地を使ったもので、程よくゆとりのあるシルエットでワークウエアの象徴のようなスタイルを持った一本になっています」
M1002 KURABO DENIM Authentic Straight 13,200円(税込)
裁断前のデニム生地、工場にはロールの状態で入荷する
「もうひとつは1983年にリリースした『RARE(レア)』というシリーズで、これは“日本のクラフトマンの技術を集結し、BIG JOHNが世界に誇る最高峰のジーンズをつくろう”という思いを具現化し、誕生したものです。
旧式の織り機を使い、世界ではじめてムラ糸を使ってつくったセルビッチデニムで、『藍聖デニム(らんせいデニム)』という名前の生地になります。坂本デニムという染色の会社があるのですが、これはその会長が縦色のインディゴ染めのレシピをつくってくれて、縦落ち具合も独特で、緑みがかる感じが他にはない色落ちを楽しめるものになっています。
シルエット、縫製、ディテール、すべてにこだわり抜いたアイテムになります」
RAREの定番的なアイテムR008 RARE JEANS 33,000円(税込)
RERAのR008色落ち見本
BIG JOHNが国産デニムパンツをつくってから60年が経つ。彼らが切り開いてきたその道は、岡山の枠を超えて“日本のデニム”として海外での人気も高い。
いま、世界のデニムウエアのトレンドを見てみるとストレッチの効いたリラックスタイプのものが主流となりつつある。BIG JOHNでも「COMPLETE FREE(コンプリートフリー)」というラインが用意され、これもまた人気のシリーズとなっている。
時代に合わせてさまざまなデニムアイテムがリリースされるが、国産デニムパンツのパイオニアとしてのDNAがそのどれにも感じられる。

PROFILE

松田 広樹(まつだ ひろき)

株式会社ビッグジョン
広報、他
香川県出身、1997年株式会社ビッグジョン入社。営業職を経て品質管理に携わる。
現在は、広報、品質管理、販売促進、店舗運営、海外営業を担当。BIG JOHNの魅力を発信すべく、日々走りまわっている。

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