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「人の手だけでは生み出せないものを作りたかった」量子コンピューターを用いて“化粧品処方計算”に挑んだコスメデコルテの挑戦

2025.05.23
先端の皮膚科学と官能的な使用感にこだわり、真のラグジュアリーを追求し続けてきたコスメデコルテが、化粧品開発に革命を起こした。世界ではじめて[1]、身近な肌悩みである「毛穴ケア」の商品処方計算に「量子コンピューター」を導入したのだ。
サイエンスと人の力を融合したものづくりの舞台裏を、株式会社コーセーの研究者である吉川さんと帯金さんに取材した。

PROFILE

吉川 健太郎(よしかわ けんたろう)

コーセー研究所 メイク製品研究室 
2011年入社後、クレンジングを中心にスキンケアやヘアケアの開発に従事。2019年より先端技術研究室にて、量子コンピューター関連の研究をスタートする。溶解度パラメータを粉体分散に応用する技術の研究により、2024年日本化粧品技術者会学術大会にて、最優秀口頭発表賞を受賞。

PROFILE

帯金 駿(おびかね しゅん)

コーセー研究所 先端技術研究室
2020年入社後、学生時代におけるAIを用いた画像解析の研究経験を生かし、先端技術研究室においてデータサイエンティストとして活動中。量子コンピューターなど計算機を用いた化粧品開発や、画像解析による新たな老化指標の開発など、数理的なアプローチで美容の課題に取り組んでいる。

1000億通り[2]の計算をたった10秒で! 化粧品開発の常識を変える「量子コンピューター」

そもそも量子コンピューターと一般的なコンピューターの違いとは何ですか?
吉川ひと言でいうと「計算の仕組み」が違います。
一般的なコンピューターは、様々な工夫の仕方はありますが、基本的には与えられた組合せをひとつずつ順に計算していくイメージです。化粧品処方の開発においては、「成分と配合量の組み合わせ」が課題ですが、ほんの少し成分数を増やすと、組合せが爆発的な数になってしまう。総当たりで計算するとなると、解くのに何年もかかるような課題になってしまいます。
帯金では、量子コンピューターはどうかというと、計算に「量子力学」の性質を利用しています。様々な組合せの可能性を、同時に重ね合わせたような状態を作り出せるんですね。
量子コンピューターには様々な種類がありますが、特徴のひとつとして「組合せの計算に強い」側面があります。処方開発の場合、膨大な候補から最適な処方を高速で導き出すことが可能です。
量子コンピューターの運用に必要な、数式とプログラムの構築を担当した帯金研究員
その計算の仕組みの違いは、化粧品の開発にどのような影響があるのでしょう?
吉川まず、通常化粧品の処方開発は「成分Aを10%」「成分Bを20%」など、研究員が成分と配合率を考えてパソコン(従来型コンピューター)で一つひとつ検証しながら、実際にサンプルを作成するスタイルです。
従来型のコンピューターを用いた処方開発は、成分や配合比率を一つひとつ検証していくスタイル
帯金今回、我々が量子コンピューターを用いて行った開発では、まず処方としての基本的な条件と、欲しい理想的な機能の条件を設定します。
その上で候補となる成分に関する情報をすべてインプットして、高速で計算し「最適な成分の組み合せとそれぞれの配合量」を導き出しました。
量子コンピューターを用いた開発では、処方の条件を設定し、膨大な成分とその配合量を高速演算処理させる
導き出された処方は「ベストな1パターン」ですか?
帯金もちろん設定によって何パターンも出せますが、その中で一番良かった結果を採用しています。
今回でいうと、約1000億通り以上の選択肢の中から、たった10秒で数十パターン、溶解度の高い順に算出しました。そこから研究員による角栓溶解度やテクスチャーなどの官能面の評価を行ったのですが、結果的に量子コンピューターがベストと示した処方が商品化されています。
従来の開発では1000億通りの選択肢を作ることがまず難しいですよね。化粧品の開発手法が劇的に変わりそうです。

角栓の溶けやすさを「数値化」する、業界初の試み

帯金ただ、量子コンピューターなどの計算機で何でもできるかというと、そうはいかないんです。コンピューターに計算させるには、化粧品の機能を「数値化」しなくてはなりません。
しかし、なかには数値化が難しいものもあるからです。吉川が取り組んだ「機能を数値化する技術」が非常に重要なんですね。
吉川今回は「毛穴ケア」の商品ですから、「角栓の溶けやすさ」を数値化しました。角栓はタンパク質と脂質でできていますが、我々はこのうち「脂質」をターゲットにしました。
角栓はタンパク質=約7割、脂質=約3割で構成されている。脂質を溶解することで角栓全体の体積が縮小し、負担感なくオフすることが可能に
吉川脂質の溶けやすさを数値化するにあたり、独自に開発したのが「角栓溶解度パラメータ」です。
地図における緯度、経度、標高のような3次元の座標を用いて、角栓が溶けやすいエリアを示したのが下の円です。
水に近い成分、油に近い成分など、性質の近いものが近くに配置される。性質が似ているものは溶けやすく、上記の球は角栓の脂質が溶けやすいエリア
この角栓が溶けるエリアはどうやって設定したのですか?
吉川実際に人の角栓を採取して、溶剤に溶かした結果を一つひとつ数値化しました。
角栓溶解度パラメータの開発に加え、量子コンピューターが導き出した処方を実際に組んだ吉川研究員
えっ、人の角栓ですか!?
吉川そうです。合意をいただいた方々から、一人ひとり手作業で採取させてもらった角栓です(笑)。
この地道な解析のおかげで「約9割の人の角栓が溶けるエリア」を数値化できたのが、大きな成果のひとつです。
帯金角栓溶解度パラメータで数値化されたことで、コンピューターが似た性質の成分、つまり「溶けやすい成分」を選べるようになったんです。

人の発想ではたどり着けない、量子コンピューターの意外な処方

吉川これまでの処方開発は、人が角栓の脂質に近い成分を選び、それらを組合せていくのが一般的でした。たとえば、下の図の円が角栓溶解エリアだとすると、DやEのような成分ですね。
茶色の円内が角栓を溶解可能なエリア、A~Eは各成分を示す
円に近いほど、性質が似ているから溶けやすいんですね。
吉川そうです。逆に成分A、B、Cは円から離れているので、人であればまず選びません。経験のある研究員ほど選ばないでしょうね。
ところがA、B、Cを特定の比率で組合せると、角栓溶解エリアのど真ん中を狙えるわけです。
成分A、B、C単体では角栓溶解エリアから離れているが、AとBを1:1、さらにAとBに対してCを2:1で組み合わせると、最も角栓が溶解する中心部と重なる
ホントだ! 角栓が最も溶解する中心部分と重なりますね。
帯金コンピューターは、人の常識や経験値みたいな固定観念を持ち合わせていませんから、シンプルに計算した結果「ベストな組み合わせと配合比率」をはじき出してくるんです。
吉川そういう意味では、人では到底思いつかない、人の発想を凌駕した処方と言えるでしょうね。
「人の手だけでは作れないものを作りたかった」という吉川研究員

人の感性とテクノロジーを融合し、化粧品の新たな可能性を切り開く

実際に効果検証のための実験をしたのは、吉川さんですか?
吉川私です。人工角栓を使ってテストもしました。その間、しょっちゅう帯金から「あれ、どうなりました?」って聞かれましたね(笑)
帯金事前にあれだけ手を動かして、準備してくださったじゃないですか。これで角栓が溶けなかったらと思うと、気になって仕方なかった。
皮膚科学とは異なる、数理的な視点で開発に挑む帯金研究員
手応えを感じたのはいつですか?
帯金角栓溶解度パラメータに従って作成した「人工角栓が溶けた瞬間」です。目の前で崩壊していく様子に「うわっ、本当に溶けた!」みたいな(笑)。
数理的な確信はあっても、あくまで理論上の話ですから。実際の化粧品で機能が発揮されたことは、衝撃でもあり感動でもありました。
そうやって誕生した「コスメデコルテ AQ 毛穴美容液オイル」は、まさに人の力とサイエンスの力を融合した製品ですね。

「コスメデコルテ AQ 毛穴美容液オイル」40ml 11,000円(税込)
帯金そもそも量子コンピューター自体が発展途上の技術なので、扱いに慎重になる必要性があります。
また、計算と聞くと完全な自動化のようなイメージがつきますが、計算の過程にも人の手によって調整する部分があります。
吉川その計算の前段階でも、人の手による準備が8割ですね。各種実験もそうですし、特に香りや原料候補に関しては、AQのクオリティにふさわしいものを人が選定しています。
オイルがすっと広がり、心地よい香りに包まれながら、角栓にアプローチするクレンジング美容液。洗い流したあとは、なめらかなツヤ質感へと導く
今後の開発の展望を、ぜひお聞かせいただけたら。
吉川量子コンピューターは、今後も研究開発領域で活用する予定です。
私は「人生までも変えるような化粧品を作りたい」と思い入社していまして。人の力とサイエンスの力を融合して、多くの方に使って頂ける製品を作りたいですね。
帯金私は今回の経験から、数理的に化粧品の機能を制御できる可能性を感じました。
最終的に「人の老化現象」を数理的に表現して、化粧品の機能と繋げていきたい。まだまだ勉強し検証することがたくさんありますが、新しい技術を構築していけたら嬉しいです。

[1] 溶解度パラメータを用いた成分の選定および配合量の組合せの計算について
[2] クレンジングに適した成分の選定および配合量の組合せ(概算値)

Text by 宇野 ナミコ

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