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なぜオスロの「国際ファッションリサーチ図書館」は、“捨てられるはずだった”招待状やルックブックを集めるのか

2025.12.18
オスロ中心部に位置する「国際ファッションリサーチ図書館(International Library of Fashion Research、以下ILFR)」。一般的な図書館と異なり、ここでは廃棄されるはずだった招待状、ルックブック、プレスリリースなど、ファッションの“一度きりの記録”を収集・保存している。
オスロ・ランウェイ(Oslo Runway)でのプレゼンテーションを機に、発起人エリス・バイ・オルセンが築いたこのユニークな空間を訪れた。過去の刹那的な記録を未来のインスピレーションに変える、その存在意義を探る。

PROFILE

エリス・バイ・オルセン(Elise By Olsen)

International Library of Fashion Research 設立者

業界注目の若きパブリッシャーによるライブラリー

ノルウェー・オスロのアーケル・ブリッゲ地区。ナショナル・ミュージアム・オブ・ノルウェーの真正面に、1920年代に建てられたクリーム色の古い駅長舎が佇む。 役目を終えた今、この建物を訪れるのはファッション学生や業界関係者、文化研究者たちだ。2022年11月、ここは「国際ファッションリサーチ図書館」として新たに扉を開いた。
発起人でありディレクターを務めるのは、若きパブリッシャー、エリス・バイ・オルセン。彼女は13歳でファッション誌『Wallet Magazine』を出版するなど、長年ファッションの視覚文化や遺産としての印刷物に注目してきた。ILFRの設立は、彼女のリサーチと出版活動の延長線上にある挑戦だ。
その発端は、一人の人物の遺志だった。2019年、ニューヨークの文化理論家スティーヴン・マーク・クラインが、オルセンを「最後の弟子」と呼び、5,000点に及ぶファッション関連印刷物のコレクションを託したのだ。
オルセンは2020年にオンラインでILFRを立ち上げ、資料をオスロに迎えるためにナショナル・ミュージアムと交渉。100万ノルウェー・クローネ(2020年当時のレートで約1,130万円)を調達して輸送を実現した。クラインは2021年に亡くなり、この場所を見ることはなかったが、その遺志とコレクションは今も図書館に息づいている。
「彼のアーカイブは、ファッション産業の影で生まれ、消えていく印刷物の集積でした。それを保存することは、未来に対して責任を持つことでもあります」とオルセンは振り返る。

“エフェメラ”という儚い記憶を保存

ILFRのコレクションの中核は、書籍や雑誌といった正規の出版物ではない。焦点は、招待状、プレスリリース、ルックブックなど、“エフェメラ(短命で使い捨ての印刷物)”と呼ばれる一次資料だ。
アーカイブには「アクネ ストゥディオズ」「コム デ ギャルソン」「イッセイ・ミヤケ」「マルタン・マルジェラ」「グッチ」「ヴァージル・アブロー」など、数々のブランドやクリエイターの稀有な記録が名を連ねる。
「パンデミックの時期、私たちは物理的に新しいものを生産できなくなりました。そのとき、多くのブランドが自分たちのアーカイブがきちんと存在していないことに気づいたのです」とオルセンは言う。
ファッション業界は常に未来を追い続けるが、過去の記録は後回しにされがちだ。ILFRの存在は、その構造に対する静かな反証でもある。
「多くの人が“捨ててしまうもの”に、文化的な痕跡が宿っているのです。ファッションは言葉よりも早く動き、消える。その残滓をどう未来につなぐかが、私たちの挑戦です」
開館当初5,000点だったコレクションは、世界中からの寄付によって15,000点にまで拡張し、今も増え続けている。館は進化し続ける未完成の場なのだ。
ILFRの展示は恒久的ではない。アーカイブは、訪れる研究者や来館者の関心によって異なるかたちで呼び出される。国立美術館から譲られた黒いワゴンにはリクエスト資料がまとめられ、1週間そのまま置かれる。次の来館者は、その“参照の痕跡”を新たな発見として引き継ぐことができる。
「図書館は完成することはありません。人がこのテーブルを囲み、議論を重ねることで、意味が広がり、姿を変えていきます。それこそが、未来に向けた私たちの使命なのです」とオルセンは語る。

「未来のための知識」の場

建築空間もまた、図書館の哲学を映し出す。ノルウェージャン・ハイドロ社のアルミニウムの端材で組まれた棚、古いジーンズを圧縮したテーブルトップ、国立美術館から救い出された什器。すべてが廃棄物から未来の記憶装置へと変容し、オルセンの循環の思想を反映している。
文化財指定の建物ゆえの制約の中、学生や建築家とのコラボレーションを重ね、ILFRは単なる図書館ではなく“キュレーションの場”として進化してきた。
「私にとって重要なのは、この場所が公共に開かれているということです。ここで人々は過去の断片に自由にアクセスし、そこから新しい思考を始めることができる。教育の場でありながら、同時に誰にでも開かれた図書館である──その二重性は、とても美しい可能性だと思います」
実際、ライブラリーは学生たちとともに運営されている。個別のリサーチを行う学生、運営を担う若いチーム、そして来館者。それらが交差することで、この場所は単なる保存庫ではなく「生きたアーカイブ」として呼吸を続けている。
「私たちは、過去を保存するだけではなく、未来のために知識を提供する場所をつくっているのです。ファッションは一瞬を消費する産業ですが、その一瞬を記録することは未来を創造するための方法でもあります」とオルセンは語る。
彼女が「メンター」と呼ぶクラインが見守るかのようなこの小さな館は、ファッションの刹那的な光と影を集め、過去の記録を未来への知識に変換する実験室だ。来館者一人ひとりが資料に触れ、新たな問いを生み出す。その価値こそが、ILFRが問いかける「未来のファッションの記憶」であり、オルセンが描く、進化し続ける図書館の姿である。

Photo by Magnus Gulliksen

Text by ELIE INOUE

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