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【Levi's RED】の謎を解け(海外編) コレクターが目撃した「プレミアムジーンズ」の起源

2026.01.23
特定のファッションを愛する人々の「界隈」では、服は言葉や出自を超えた彼らだけのコミュニケーションツールになる。生産するメーカー、売る店、買って着る消費者という立場に関係なく盛り上がり、時には思いがけない秘密が明かされることすらある。
この記事では、リーバイスの限定デニムライン「リーバイス ®️レッド=RED」のコレクターと、その関係者たちの交流を取材してきた。前回は日本編。今回は、海を越えて「RED」の界隈を追っていこう。

PROFILE

【リーバイスレッド】コレクター

REDの会(日本)
※各メンバーは記事末尾に記載

Tyler Merkel(タイラー・メルケル)アメリカ在住
Instagram

Ino/Entique Denim(イノ/アンティークデニム)インドネシア在住
Instagram

leviscollector(リーバイスコレクター)イギリス在住
Instagram

PROFILE

Johan Soderlund(ヨハン・ソーデルルンド)

GRÅBRODERN デニムデザイナー
Instagram

世界の「RED」コレクターたち

REDコレクターたち。左:マスターテンさん(REDの会)/中:タイラー・メルケルさん/右:KOJIさん(REDの会)
身の回りに誰ひとり自分と同じ趣味の人がいなくても、SNSの中に居場所が見つかることもある。いまや「界隈」は、ハッシュタグとDMの中にあるのだ。集まってくれたのは、日本のコレクター集団「REDの会」のメンバーと、オンラインで繋がっている3名のコレクターだ。
アメリカ・ミシガン州に住むTyler Merkel(タイラー・メルケル)さん。インドネシア在住のIno/Entique Denim(イノ/アンティークデニム)さん。leviscollector(リーバイスコレクター)さんは、イギリスから参加した。
「『RED』を集めて25年近くになりますが、コレクター同士のつながりはほとんどない。話したいことは山ほどあります」(タイラーさん)
「RED」は全身のコーディネートが組めることも特徴だ。歴代のコレクションごとに個性の強いスタイリングが提案された
取材では全員が溜まりに溜まった「RED」愛を語り合い、コレクションがシェアされるたびに歓声が上がった。
タイラーさんは高校生のとき、兄から「RED」の存在を教えられたことをきっかけに、その魅力に惹かれていった。その後は、リーバイスの店員として働くほど熱中していったと話す。
一方、イノさんがジーンズにハマるきっかけとなったのは、日本で出版されたリーバイスのムック本だった。また、インドネシアの古着店では「RED」をほとんど見かけることができず、現地のフリマアプリ「Shopee」や「Tokopedia」で探し回っているという。
そしてリーバイスコレクターさんは、eBayで「ビッグE」を探している最中に、偶然「RED」を見つけたときの衝撃を忘れられないと語る。
REDのコレクション。驚くほど豊富なデザインが発見された
彼らが所有している「RED」は、初期モデル、サンプル品、店舗限定のカプセルコレクションとさまざまだ。アイテムはボトムスやデニムジャケットだけでなく、Tシャツ、スウェット、靴、スリッパまである。パズルを解くように、コレクターたちは「RED」のバリエーションを明らかにしていく。
彼らは、非売品のルックブックの中から、リリースされなかった「幻のRED」を発見したり、紙タグを見比べて、モデル名が入れ替わって流通したデニムまで見つけ出した。
スタイルブック。リリースされなかった「幻のRED」のTシャツ(左)
そして、もっとも重要なピースに触れる──「RED」は、なぜ生まれたのか? その当事者も会話に加わった。

「リーバイス・グローバル・プレミアム・チーム」の証言

Johan Soderlund(ヨハン・ソーデルルンド)さんは、スウェーデンの「GRÅBRODERN」を手掛けるデニムデザイナーだ。その重要なキャリアのひとつが、リーバイスでの仕事である。
「私は、1997年から2001年までリーバイスでプロダクトマネージャーとして働きました。当時所属していたチームで『LVC』と『RED』を立ち上げたんです」
ヨハンさんが在籍していた90年代末から2000年代初頭は、リーバイスにとって苦境と生まれ変わりの時期だ。工場の閉鎖と従業員の解雇によってコスト構造を見直し、広がりすぎたブランドを集約し、再び若者の目を「ジーンズ」に向けさせる必要があった。
「そのために結成されたのが、『グローバル・プレミアム・チーム』です。私を含めて、約10人の小さなチームでした。使命はたったひとつ......リーバイスを、再び『クール』な存在にすること」
ヨハンさん。サンフランシスコのLevi's Archiveにて(1999年)画像提供:Johan Soderlund
グローバル・プレミアム・チームは、一言でいえば「特命部隊」だ。リーバイスという巨大企業の中にありながら、社内のデザイン・生産体制・販売・広告のルールに一切縛られず、自由に動く権限を与えられていた。
彼らは会社の歴史を発掘し、工場を開拓し、1999年に2つのコンセプトを立ち上げる。「リーバイス・ヴィンテージ・クロージング(LVC)」と「RED」である。
「LVC」は、リーバイスの歴史的なアイテムを当時の素材と製法で忠実に復刻した。プレミアムデニムの代表的なブランドだ
「LVCの目的はアーカイブから可能な限り最高のレプリカを作ること、最初のアイテムは1947年の『501XX』でしたね。対して、REDのミッションは、デニムの『次の青写真』を描くことだった。その象徴が、Rikke Korff(リッキー・コフ)がデザインした世界初の立体裁断ジーンズです」
ヨハンさんは、「LVC」と「RED」はどちらもリッキー・コフというデザイナーが監修していたことも教えてくれた。
REDが歴史的なリーバイスのディテールから多くのインスピレーションを得ていたことを示すモデルも存在する。左:1ST STANDARD 'BLUE LINE' / 右:3RD SIGNATURE JEAN(1999年)
「リッキーがアイディアを発表したとき、それがジーンズに対するまったく新しいアプローチだと確信しました。私たちはLVCとREDのあらゆる要素を作り上げた。コンセプト、デザイン、生地・リベット・ラベルの開発、マーケティングまで自分たちの好きなように手掛けたのです。
適切な人が、適切な場所に、適切なタイミングで集まり、コレクションを創造できた......。本当にクリエイティブな時代でした」

一着のコートの記憶

世紀が変わる頃、リーバイスは過去と未来を同時に追求していた。そこから生まれた服の一つひとつが、いま世界各地のコレクターを結びつけている。たとえば、1999年の「RED」初のコレクションで発表された「1ST COAT」。ヨハンさんがもっとも愛着を持っている一着だ。
「1ST COAT」(1999) ヨハンさん私物のサンプル品
「RED」コレクターなら必ず知っている、名作中の名作だ。ヨハンさんは、「実はこのコートの最終チェックで、私がフィッティングモデルをしたんです」と話す。
この記事の「日本編」で紹介した「REDの会」のkazuoさんはこのコートがきっかけで「RED」を集めはじめ、わんこさんは「好きすぎてXSからXLまで全サイズ揃え、奥さんにもプレゼントした」という。タイラーさんは「兄弟の結婚式に、ジャケットの代わりに着ていった」と笑う。
「1ST COAT」を着たREDコレクターたち 左:Tyler Merkelさん/中:Inoさん/右:kazuoさん(REDの会)
「1ST COAT」を着たコレクターたちの姿を見ていると、遠く離れた場所で生活し、今日までお互いの顔も知らなかったのに、全員が同じ物語の中にいるかのように感じられる。めまぐるしく移り変わるトレンドのなかで、自分の愛着を信じ続けた人々だけが分かち合える「界隈」の絆がここにある。

ジーンズの「次の青写真」

ヨハンさんとコレクターたちが交わした会話は、この記事の中ではとても書ききれないほど膨大で、マニアックだ。しかし「RED」界隈の外にいる多くのファッションフリークにとっても、グローバル・プレミアム・チームの仕事は大きな影響を与えている。ヨハンさんはこう話す。
「グローバル・プレミアム・チームが作り上げたジーンズの『次の青写真』は、デザインの美学だけではありません。『日本綿布』や『日清紡』という優れた日本の生地メーカーとともに、いままでにないセルビッジデニムも開発したのです」
「1ST」コレクションの一部のアイテムは天然藍染めのデニムを使用している
「RED」と「LVC」の初期の生地は日本製で、ヘンプ混合や天然藍の染めなど、サステナビリティの面でも先進的な取り組みに挑戦した。ジャパニーズ・デニムの生産力はこの時期に大きく向上したのだ。
「広告と販売も簡単ではありませんでした。当時のリーバイスには、REDやLVCのコンセプトを理解できる販売員はいませんでしたから。そこで『Icon Stores』と呼ばれるリーバイスの看板を出さない特別な店舗を設置し、専用のスタッフを置くことにしました。さらに、社外のPR会社や代理店ともパートナーシップを組みました」
既存のリーバイス店舗を使わず、絞り込んだ店舗や代理店とタッグを組んで売り込んだ。前編の「日本編」で登場した「ジャック・オブ・オール・トレーズ」もそのひとつだ。ショップとの限定コラボや、PRのためのモデルを連発した。そのすべてがレアで、誰も全貌を掴めない。
セレクトショップ「Oki-Ni」(イギリス)とのコラボレーションモデル。生産数はわずか50着だという。REDはこのような超小ロットモデルを複数のチャネルで同時にリリースしていた
──こうして「RED」は「謎のデニム」になった。すべてはリーバイスが5ポケットジーンズという発明を進化させ、誰でも手に取れる日常着を神秘的な存在へと高めるためのプロジェクトだった。
Levi's Red「1ST STANDARD」
現在、私たちは「ジーンズ」を安価で時代遅れなアイテムとは感じない。シルエットや素材、歴史を楽しむファッションの1ジャンルとして受け入れているはずだ。世界中にプレミアムなデニムを生み出すブランドと、そのアイテムを扱う店がある。この「常識」はおそらく、1999年にリーバイスによって描かれた「次の青写真」の一部なのだろう。
「RED」の界隈は当時の熱狂を知る貴重なコミュニティだ。2029年にREDは30周年を迎える。その時にどんな景色が見られるか楽しみに待つことにしたい。

◾️取材協力

コレクター集団「REDの会」

・ichijo1100(会長):Instagram

・マスターテン(副会長):Instagram

・わんこ:Instagram

・サジ:Instagram

・ミッキー:YouTube

・Kazuo:Instagram

・KOJI:Instagram

画像提供:REDの会、Tyler Merkel、Entique Denim、leviscollector、Johan Soderlund

Text by GANTAN

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